残響
「見て見て! こうちゃん」

唯は嬉しそうに携帯を差し出した。

画面に映っていたのは、成人式の前撮りで撮ったばかりの写真。

いつもの唯とは少し違う。

きちんと整えられた髪。
振袖に包まれた姿。
少しだけ大人びた表情。

けれど、写真の中で笑う唯の瞳は、いつものままだった。

「なまら可愛いっしょ」

晃哉は画面を覗き込み、ふっと笑った。

「でしょ、でしょ~! 唯ちゃん、もうすぐ成人式~!」

嬉しさを隠しきれないように、唯は身体を揺らす。

そんな唯を見ながら、晃哉はもう一度写真に目を落とした。

「……成人式ね。懐かしいな」

少し遠くを見るような目になる。

「若いな……唯、八つも違うもんな……」

口に出してみて、改めてその数字を実感したのか、晃哉は小さく笑った。

八歳。

普段はあまり意識していなかった年齢差が、その瞬間だけ妙に現実味を帯びて感じられた。

「お酒もタバコも解禁!」

唯が得意げに言う。

晃哉は呆れたように眉を上げた。

「いや、もう解禁してるでしょ?」

「シーッ! 秘密笑」

唯は人差し指を唇に当てて、いたずらっぽく笑った。

そんな唯を見て、晃哉もつられて笑う。

「十九歳じゃないのは寂しいけど……」

唯は写真を見ながら、ふと思いついたように顔を上げた。

「こうちゃんと一緒の二十代になれるね!」

その言葉に、晃哉は一瞬だけ目を細めた。

唯にとっては、ただ嬉しいだけの言葉だった。

同じ年代。

同じ数字。

それだけで、少しだけ距離が縮まったような気がしているのだろう。

「そだよ」

晃哉は笑った。

「まあ、何年かで俺は三十代になるけどね」

「したら、唯も三十代いつかなるよ?」

唯は当たり前のように言う。

「またこうちゃんと一緒の三十代になれるね!」

その言葉に、晃哉は何も答えなかった。

ただ、手にしていたグラスを静かに持ち上げる。

カチン、と小さな音がした。

そして、少しだけ照れたように唯を見る。

「唯、二十歳おめでとう」

その声は、いつもより静かだった。

「大人の仲間入り」

唯は嬉しそうに笑った。

その笑顔を見つめながら、晃哉は少しだけ考えるように視線を落とした。

「唯はさ……真っ直ぐすぎるし、素直すぎる」

唯が首を傾げる。

「それは、本当に悪い所じゃないよ?」

晃哉はゆっくりと言葉を選んだ。

「けどね、そのままだと……いつか唯がつぶれちゃう時がくる」

冗談ではない。

いつもの軽い口調でもなかった。

「大人になる度に、いろんなことが増えてく。嬉しいことだけじゃなくて、嫌なこととか、割り切らなきゃいけないこととか」

唯は黙って晃哉の話を聞いていた。

「だから、自分を守るために……少しグレーな考え方も出来るようにならないと」

晃哉の言葉が、静かに胸に落ちていく。

唯は少し考えてから、真顔で答えた。

「私、こうちゃんしか知らないしな……」

そして、少し間を置いて。

「社会勉強してきたほういい?」

「そっちの意味だけじゃないわ笑」

晃哉は思わず吹き出した。

緊張していた空気が、一瞬でほどける。

「本当に変わってる。唯って笑」

「え、ひどい笑」

唯は頬を膨らませる。

その表情が可愛くて、晃哉は笑いながら唯を抱き寄せた。

「社会勉強は、おいおいするときがくるかもしれない」

そう言って、少しだけ間を置く。

「でも、今はしないでいいよ……」

唯には、そのときの晃哉の表情がよく見えなかった。

何を考えていたのかも、わからなかった。

ただ――

「しないよ?」

唯はいつものように、にっこり笑った。

「私、変態こうちゃんで十分だもん!」

晃哉は一瞬目を丸くして、それから小さく笑った。

「……バカ」

そう呟きながら、唯を強く抱き締める。

そして、そっと唇を重ねた。

唯にとって、そのキスはいつも不思議だった。

胸の奥にあった不安まで、静かに溶かしてしまうような。

「こうちゃんのちゅーって大好き」

唯は笑いながら、晃哉の胸元に顔を寄せた。

「安心する。ずっとしてて欲しいもん笑」

晃哉は何も言わず、ただ唯を抱き締めた。

その腕の中で、唯は何も疑っていなかった。

この先もずっと。

二十代になって、三十代になって。

いつか同じ歳の重ね方をしていくのだと思っていた。

――ねぇ、こうちゃん。

私、やっと大人になれたと思ってた。

二十歳になって。

子供じゃなくなって。

こうちゃんと同じ二十代になれることが、嬉しかった。

でも、今ならわかる。

当たり前だけど、こうちゃんはずっと八つ上だった。

どんなに背伸びをしても。

どんなに大人になったつもりでも。

私は、こうちゃんから見れば、まだ子供だったのかもしれないね。

それでも、あの頃の私は嬉しかった。

「同じ二十代になれる」

そんな些細なことが、たまらなく嬉しかった。

ねぇ、こうちゃん。

私は、ずっとこのまま一緒に歳を重ねていけると思っていたんだよ。

二十代も。

三十代も。

その先も。

あなたの隣で、同じ時間を生きていけるのだと思っていた。

こうちゃんのキスは、何故か気持ちよくて。

そして、安心できた。

あの頃の私は、それだけで十分だった。

「相性がいいんだな」

そう言って、こうちゃんが笑っていたことを覚えている。

あのときの私は、その言葉をただ嬉しく聞いていた。

まさか、それから何年経っても。

何度離れても。

何度忘れようとしても。

こんなにもあなたを思い出す日が来るなんて、知らなかった。

神様がいるのなら、聞いてみたい。

どうして、どんどん私たちを離していくのに。

それでも、何度も何度も出会わせるのだろう。

一度じゃない。

二度でもない。

何度離れても、またどこかで交わってしまう。

私たちは、きっと大親友だから……?

それだけだったのかな。

それとも。

お互いをずっと求めていたから、何度離れても、心のどこかで相手を探してしまったのかな。

わからない。

ただ、ひとつだけわかることがある。

お互いを求めていたのに。

大切だったのに。

どうして、こんなにも残酷な運命だったのだろう。

ねぇ、こうちゃん。

あの頃の私が願ったように。

一緒に歳を重ねることはできなかったけれど。

私は今でも、あなたを思い出す。

そして――

ただ、会いたいよ。
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