残響
ねぇ…こうちゃん?
冬は、私にとって少し苦手な季節だった。
寒いから、だけじゃない。
冬が来ると、どうしても思い出してしまうから。
晃哉の誕生日。
そして――別れ。
なぜか二人の別れは、いつも十二月だったよね…
だから、毎年十二月が近づいてくると、私
の胸はほんの少しだけ痛むんだよ…
街がクリスマスの飾りで彩られ、吐く息が白くなって、テレビから冬の歌が流れ始める。
朝、玄関のドアを開けると、冷たい空気が頬に触れる。
鼻の奥がつんとして、指先はすぐにかじかむ。
吐き出した息は白い煙のように浮かび、すぐに夜の空気へ溶けていく。
そんな何気ない景色の中にさえ、晃哉との記憶が紛れ込んでいる。
楽しかったことも。
嬉しかったことも。
そして、最後には必ず離れていったことも。
十二月という月は、唯にとって、幸せと寂しさが一緒になっている季節だった。
けれど――
冬の記憶の中で、どうしても忘れられないものがある。
唯は昔から、手足が冷たかった。
モコモコのパジャマを着て、布団の中に入っていても、なかなか温まらない。
自分ではそれほど気にしていなかったけれど、晃哉はすぐに気づいた。
「唯、足冷たいよ?」
そう言って、唯の足に触れる。
晃哉の指先が足首に触れた瞬間、冷たさが自分でもわかるほど際立った。
「冷え性?」
唯は、そんな晃哉の言葉に笑った。
「そうなのかな」
「なまら冷たいじゃん」
そう言いながらも、嫌そうな顔をすることはなかった。
むしろ、当たり前のように唯を自分の腕の中へ引き寄せた。
布団が擦れる小さな音がして、背中に晃哉の胸が触れる。
冷えた身体を包むように、腕が肩から胸元へ回される。
晃哉の体温が、パジャマ越しにじわじわと伝わってくる。
腕枕をして、唯の身体を包み込む。
「寒くない?」
そう聞きながら、ぎゅっと抱きしめてくれる。
耳元で聞こえる声は、暖房の低い音よりも近く、静かな部屋の中でやさしく響いた。
その腕の中にいると、不思議と寒さなんて忘れられた。
布団の中が暖かかったからだけではない。
冷えた足先に残っていた感覚も、肩をすくめていた身体も、少しずつ力が抜けていく。
晃哉の体温が、唯の身体だけじゃなく、心まで温めてくれていたのだと思う。
唯が先に眠ろうとして、晃哉に背を向けることもあった。
それでも晃哉は、少しも気にしなかった。
しばらくすると、後ろから声がする。
「足、こっちによこしな?」
唯が振り返る。
すると晃哉は、自分の足を唯のほうへ寄せていた。
布団の中で、足先がかすかに触れる。
「ほら」
そう言って、冷たい唯の足の裏に、自分の足の裏を合わせる。
最初に触れた瞬間、唯の足の裏へ、晃哉の温かさが丸く広がった。
冷えきっていた皮膚に、じん、とした感覚が走る。
足の裏同士が触れ合うだけなのに、そこから体温がゆっくり染み込んでくるようだった。
晃哉の足は、布団の中でほどよく温かかった。
唯の冷たい足を驚かせないように、押しつけるのではなく、そっと重ねてくれる。
足の指が触れ、かかとが触れ、布団の中で二人の足が静かに重なる。
そのたびに、冷たさが少しずつほどけていく。
外では風が窓を細く鳴らしていた。
ガラスの向こうから伝わる冷気が、部屋の隅に残っている。
けれど、布団の中だけは別の世界だった。
柔らかな布団の重み。
パジャマの毛足が肌を撫でる感触。
晃哉の足の裏から伝わる熱。
そして、すぐ後ろから聞こえる穏やかな呼吸。
でも、唯にとっては、その「それだけ」が、とても大きかった。
自分のことをちゃんと見てくれている。
自分が寒いことに気づいてくれる。
何も言わなくても、自然に温めてくれる。
そんな晃哉の優しさが、唯は好きだった。
晃哉の足の裏が触れている場所だけ、冷たい夜の中に小さな灯りがともっているようだった。
その温もりは、足先から足首へ、ふくらはぎへ、ゆっくりと身体の奥へ広がっていく。
顔を見ていても、わかる。
この人は、本当に優しい人なんだ。
言葉にしなくても、その優しさは伝わってくる。
眠そうな顔をしていても。
背を向けていても。
何気なく足を寄せてくる、その仕草だけでも。
晃哉がどんな人なのか、唯にはちゃんとわかっていた。
だからきっと、唯が幸せだったのは、ただ晃哉が好きだったからだけではない。
晃哉の優しさに包まれていることが、幸せだった。
自分の冷たい足を、嫌がらずに温めてくれる人。
「寒くない?」と気にかけてくれる人。
背を向けていても、そっと自分のほうへ引き寄せてくれる人。
そんな小さな優しさの一つ一つが、唯の中には残っている。
だから、十二月が来るたびに思い出す。
晃哉の誕生日。
二人が一緒にいた冬。
そして――
別れのあった冬。
胸が、少しだけチクリとする。
もう何年も経っているのに。
もう昔のことなのに。
それでも、冬の夜の冷たい空気に触れると、あの頃の布団の中を思い出す。
冷たい足。
モコモコのパジャマ。
晃哉の腕。
「寒くない?」
そして、足の裏に伝わってきた温もり。
あのときの温もりは、ただ熱かったのではない。
冷たさを知っている人の手つきだった。
唯がどれほど冷えているのかを確かめるように、急がず、離れず、そっと寄り添ってくれた。
きっと唯が忘れられないのは、あの日の出来事そのものじゃない。
あの頃、自分が確かに感じていた温かさ。
大好きな人に包まれている安心感。
言葉にしなくても、大切にされていると感じられる時間。
布団の外には冬の冷たさがあり、窓の向こうでは風が鳴っている。
それでも、晃哉の足の裏が触れている場所だけは、静かで、柔らかく、確かな温度があった。
それが、唯にとっては幸せだった。
だから今でも、十二月が来ると胸が少し痛む。
寒い冬が嫌いなのではない。
冬になると、あの温かさを思い出してしまうから。
そして、その温かさをくれた人が、もう隣にはいないことを思い知らされるから。
それでも唯は、あの時間を忘れたくなかった。
別れだけを思い出すのではなく――
寒い夜に、自分の足を温めてくれた晃哉の優しさを。
「寒くない?」
そう言いながら抱きしめてくれた腕を。
足の裏を合わせて、何も言わずに温めてくれた、その温もりを。
あの頃の唯にとって、それは確かに幸せだった。
そして今でも、その記憶だけは、冬の冷たい空気の中で消えずに残っている。
唯は思い出す。
冷えた自分の足を包んだ、静かな熱。
そして、もう触れられないはずなのに、今も心の奥に残っている――
消えない温もり…
冬は、私にとって少し苦手な季節だった。
寒いから、だけじゃない。
冬が来ると、どうしても思い出してしまうから。
晃哉の誕生日。
そして――別れ。
なぜか二人の別れは、いつも十二月だったよね…
だから、毎年十二月が近づいてくると、私
の胸はほんの少しだけ痛むんだよ…
街がクリスマスの飾りで彩られ、吐く息が白くなって、テレビから冬の歌が流れ始める。
朝、玄関のドアを開けると、冷たい空気が頬に触れる。
鼻の奥がつんとして、指先はすぐにかじかむ。
吐き出した息は白い煙のように浮かび、すぐに夜の空気へ溶けていく。
そんな何気ない景色の中にさえ、晃哉との記憶が紛れ込んでいる。
楽しかったことも。
嬉しかったことも。
そして、最後には必ず離れていったことも。
十二月という月は、唯にとって、幸せと寂しさが一緒になっている季節だった。
けれど――
冬の記憶の中で、どうしても忘れられないものがある。
唯は昔から、手足が冷たかった。
モコモコのパジャマを着て、布団の中に入っていても、なかなか温まらない。
自分ではそれほど気にしていなかったけれど、晃哉はすぐに気づいた。
「唯、足冷たいよ?」
そう言って、唯の足に触れる。
晃哉の指先が足首に触れた瞬間、冷たさが自分でもわかるほど際立った。
「冷え性?」
唯は、そんな晃哉の言葉に笑った。
「そうなのかな」
「なまら冷たいじゃん」
そう言いながらも、嫌そうな顔をすることはなかった。
むしろ、当たり前のように唯を自分の腕の中へ引き寄せた。
布団が擦れる小さな音がして、背中に晃哉の胸が触れる。
冷えた身体を包むように、腕が肩から胸元へ回される。
晃哉の体温が、パジャマ越しにじわじわと伝わってくる。
腕枕をして、唯の身体を包み込む。
「寒くない?」
そう聞きながら、ぎゅっと抱きしめてくれる。
耳元で聞こえる声は、暖房の低い音よりも近く、静かな部屋の中でやさしく響いた。
その腕の中にいると、不思議と寒さなんて忘れられた。
布団の中が暖かかったからだけではない。
冷えた足先に残っていた感覚も、肩をすくめていた身体も、少しずつ力が抜けていく。
晃哉の体温が、唯の身体だけじゃなく、心まで温めてくれていたのだと思う。
唯が先に眠ろうとして、晃哉に背を向けることもあった。
それでも晃哉は、少しも気にしなかった。
しばらくすると、後ろから声がする。
「足、こっちによこしな?」
唯が振り返る。
すると晃哉は、自分の足を唯のほうへ寄せていた。
布団の中で、足先がかすかに触れる。
「ほら」
そう言って、冷たい唯の足の裏に、自分の足の裏を合わせる。
最初に触れた瞬間、唯の足の裏へ、晃哉の温かさが丸く広がった。
冷えきっていた皮膚に、じん、とした感覚が走る。
足の裏同士が触れ合うだけなのに、そこから体温がゆっくり染み込んでくるようだった。
晃哉の足は、布団の中でほどよく温かかった。
唯の冷たい足を驚かせないように、押しつけるのではなく、そっと重ねてくれる。
足の指が触れ、かかとが触れ、布団の中で二人の足が静かに重なる。
そのたびに、冷たさが少しずつほどけていく。
外では風が窓を細く鳴らしていた。
ガラスの向こうから伝わる冷気が、部屋の隅に残っている。
けれど、布団の中だけは別の世界だった。
柔らかな布団の重み。
パジャマの毛足が肌を撫でる感触。
晃哉の足の裏から伝わる熱。
そして、すぐ後ろから聞こえる穏やかな呼吸。
でも、唯にとっては、その「それだけ」が、とても大きかった。
自分のことをちゃんと見てくれている。
自分が寒いことに気づいてくれる。
何も言わなくても、自然に温めてくれる。
そんな晃哉の優しさが、唯は好きだった。
晃哉の足の裏が触れている場所だけ、冷たい夜の中に小さな灯りがともっているようだった。
その温もりは、足先から足首へ、ふくらはぎへ、ゆっくりと身体の奥へ広がっていく。
顔を見ていても、わかる。
この人は、本当に優しい人なんだ。
言葉にしなくても、その優しさは伝わってくる。
眠そうな顔をしていても。
背を向けていても。
何気なく足を寄せてくる、その仕草だけでも。
晃哉がどんな人なのか、唯にはちゃんとわかっていた。
だからきっと、唯が幸せだったのは、ただ晃哉が好きだったからだけではない。
晃哉の優しさに包まれていることが、幸せだった。
自分の冷たい足を、嫌がらずに温めてくれる人。
「寒くない?」と気にかけてくれる人。
背を向けていても、そっと自分のほうへ引き寄せてくれる人。
そんな小さな優しさの一つ一つが、唯の中には残っている。
だから、十二月が来るたびに思い出す。
晃哉の誕生日。
二人が一緒にいた冬。
そして――
別れのあった冬。
胸が、少しだけチクリとする。
もう何年も経っているのに。
もう昔のことなのに。
それでも、冬の夜の冷たい空気に触れると、あの頃の布団の中を思い出す。
冷たい足。
モコモコのパジャマ。
晃哉の腕。
「寒くない?」
そして、足の裏に伝わってきた温もり。
あのときの温もりは、ただ熱かったのではない。
冷たさを知っている人の手つきだった。
唯がどれほど冷えているのかを確かめるように、急がず、離れず、そっと寄り添ってくれた。
きっと唯が忘れられないのは、あの日の出来事そのものじゃない。
あの頃、自分が確かに感じていた温かさ。
大好きな人に包まれている安心感。
言葉にしなくても、大切にされていると感じられる時間。
布団の外には冬の冷たさがあり、窓の向こうでは風が鳴っている。
それでも、晃哉の足の裏が触れている場所だけは、静かで、柔らかく、確かな温度があった。
それが、唯にとっては幸せだった。
だから今でも、十二月が来ると胸が少し痛む。
寒い冬が嫌いなのではない。
冬になると、あの温かさを思い出してしまうから。
そして、その温かさをくれた人が、もう隣にはいないことを思い知らされるから。
それでも唯は、あの時間を忘れたくなかった。
別れだけを思い出すのではなく――
寒い夜に、自分の足を温めてくれた晃哉の優しさを。
「寒くない?」
そう言いながら抱きしめてくれた腕を。
足の裏を合わせて、何も言わずに温めてくれた、その温もりを。
あの頃の唯にとって、それは確かに幸せだった。
そして今でも、その記憶だけは、冬の冷たい空気の中で消えずに残っている。
唯は思い出す。
冷えた自分の足を包んだ、静かな熱。
そして、もう触れられないはずなのに、今も心の奥に残っている――
消えない温もり…