私の理想の王子様

知られた王子様

 週明けの通勤電車に乗り込んだ朝子は、吊革に腕を伸ばすと、はぁと深く息をつく。

 あの後家に帰ってからも、忘年会での出来事がぐるぐると何度も頭を巡り、ほとんど眠ることができなかった。

 ぼんやりとした頭でベッドから起き上がった朝子は、身支度を整えると、いつもより二本早い電車に乗り込んだのだ。


 混み合った車内で振動に身を任せながら、ふと須藤の顔を思い浮かべる。

 あれから何度も、須藤の唇の感触や抱きしめられた腕の力強さを思い出しては、自分の身体が熱をもったように熱くなるのを感じていた。

(こんなにも須藤さんのことを好きになるなんて……)

 朝子はぎゅっと目を閉じる。

 今朝いつもと違う電車に乗ったのも、須藤に会う可能性を避けるためだ。

 今、須藤の顔を見てしまったら、自分の心を保てる自信がない。

(少し冷静になって、考えた方がいいんだ)

 朝子は自分に言い聞かせる。

 須藤がどこまで朝哉の中の朝子の存在に気がついているのかわからないし、あのキスの意味もわからないままだ。

 須藤が朝哉に向けてキスをしたのだとしたら、朝子はミチルだけでなく、須藤のことも騙したことになってしまう。

(それに、ミチルさんのことも避けちゃったし……)

 朝子はズキズキと痛む胸に手を当てる。

 あの後、ミチルからは何度もスマートフォンに連絡が入った。

 居場所を知りたいとメッセージも送られてきたが、朝子は何も返信することができず、そのまま画面を閉じたのだ。

(私はきっとミチルさんを傷つけた……。王子様は完全に失敗だ……)

 朝子は再び深くため息をつくと、吊革につかまった腕に頭をうなだれさせる。

 皆の理想の王子様になりたかった。

 そんな朝子の身勝手な思いは、こんなにも人の心を巻き込んでしまったのだ。
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