私の理想の王子様
 朝子は自分に背を向けて歩き出した須藤の背中をそっと見つめる。

 すると須藤は、しばらく進んだ後、そっと朝子を振り返った。

「じゃあまたね、朝哉クン」

 須藤はにっこりとほほ笑むと、ミチルを連れて室内へと入って行った。


 須藤が何を考えているのか全くわからない。

 朝子は一人バルコニーに佇みながら、まだ熱を帯びた身体をぎゅっと両手で抱きしめた。

 須藤はきっと朝哉の中の、朝子の顔を見ただろう。

 それでも須藤はキスを止めなかったし、むしろもっと激しくキスを降らせてきた。


『俺は、どっちの君にも興味があるんだよね』

 須藤の言葉が何度も脳内を巡る。

(須藤さんは、気がついてる……?)

 朝子は訳がわからず、大きく首を振った。

 でも須藤とキスをしたことで、はっきりとしたことがある。

 それは、朝子はもう朝哉には戻れないということ。

(そして、もう一つ……)

 朝子はまだじんじんと、キスの感覚が残る唇にそっと指先を当てる。

(私は須藤さんの前では、朝子でいたい。私は、須藤さんのことが好きなんだ……)

 朝子は静かに顔を上げると、バルコニーの扉へと向かう。

 扉を押し開けると、今までの真っ暗な世界とは真逆の、煌びやかな室内に一瞬目が眩んだ。

 照明に目を細めながら、サッと辺りを見渡した朝子は、須藤やミチルが会場の奥にいる姿を確認する。

 女性たちと笑い合う須藤の横顔から目を逸らした朝子は、そのまま二人に気がつかれないように、そっと会場を後にした。
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