私の理想の王子様
「ねぇ、田野倉さん。今日はもう上がりなんだったら、ちょっとメイクしていかない? ちょうどお客様も途切れてる時間だし」

 すると間宮が期待のこもった瞳を横から覗き込ませる。

「わ、私をですか?」

 思わず声を上げた朝子に、間宮がさらにグッと身体を寄せた。


「実はね、私、前々から田野倉さんのこと、メイクしてみたかったんだよね。その……男装メイクで……」

「だ、男装メイク!?」

 朝子は初めて聞く言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう。

 間宮は少し照れたように肩をすくめると、朝子をメイク台の前に連れて行った。


「私ね、舞台メイクも勉強してるの。女性が男性の役をするメイクね」

「あぁ、だから男装メイクなんですか?」

「そう! 田野倉さん背も高いし、似合うと思うの。きっと私の理想の王子様に仕上がると思う!」

「理想の……王子様……?」

 その言葉に朝子の心がぴくりと反応する。


(理想の王子様に、私がなれるってこと?)

 リアルな男性に王子様はいない。

 でも、もし自分が王子様になれるのだったら、自分だって見てみたい気がする。

「じゃ、じゃあ少しだけ」

 朝子はドギマギと声を出すと、間宮に促されるままハイスツールに腰かけたのだ。
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