無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
「ち、違うってば!」

 そこは頷くべきだと自分でもわかっているのに、慌てて否定してしまう。だが幸い家族は、千尋が照れているだけだと思ったようだ。

「ほらほら、食べましょう。いただきます」
「いただきま~す」

 母のかけ声に合わせて、皆が両手を合わせる。

 椎名家は食事はなるべく家族揃ってからと決まっていて、夜は兄も自分も残業や付き合いなどで遅くなるため、予定のない休日だけはこうして一緒に食べている。

 大和も倣ってくれたのか、手を合わせて箸を取った。
 千尋も自分用に取り分けたコロッケを箸で切ると口に運んだ。

「ん、やっぱりお母さんのコロッケ、おいしい」
「そう? ありがとう」
「母さんは料理上手だな。俺は幸せ者だ」

 父も母が作った筑前煮を摘まみながら、うんうんと首を縦に振った。

「俺も料理できるようになろうかな」
「そうよ、お兄ちゃんもやった方がいいわ。今は女だけがキッチンに立つ時代じゃないんだし、いつか結婚したときに役立つでしょ?」
「そうだけどさ、面倒くさくて。大和さんは料理する方ですか?」

 真人が大和に話を向けたため、千尋も隣を見る。

「いや……お恥ずかしながら」
「あ~でも玖代不動産の専務取締役ですもんね……そりゃそっか。どんな仕事をしてるのか千尋に聞きましたけど、俺は学がないしさっぱりでした」
「お兄ちゃん、勉強嫌いだものね。子どもの頃からクマトイファクトリーを継ぐって言ってたし」

 ちょうど話がクマトイファクトリーに向いたため、千尋は軽く咳払いをして手を挙げた。

「あのね、会社の件なんだけど」

 千尋が言うと、皆が頷いて箸を置く。大和に目を向けると、小さく頷きが返された。

「社長にも出資の了解を得ました」

 両親と兄は、まさかこれほど早く出資の話が進むとは思ってもみなかったようで、息を呑んでいる。

父と兄が深夜まで仕事の件で話し合っているのは知っていたが、千尋はどういう決断をしたのか聞いていない。
おそらく、まだ決めかねているのだと思う。

「ただ、出資する以上、継続的に大きな利益を出せる会社に成長していただきたいと考えています。メイドインジャパンの安心、安全な玩具は海外に人気ですし、うちが提携している大手小売業の海外店舗に輸出をしていく方針で考えていますが、いかがでしょうか?」
「海外……」

 父が喉を鳴らしながら緊張の面持ちで呟いた。

 クマトイシリーズが海外進出なんて、椎名家の面々にとってみれば、あまりに現実味のない話で、いかがかと聞かれても答えられないだろうが、降って湧いたような幸運、チャンスであることは間違いない。

だからあとは両親と兄にその覚悟があるか、だ。

「椎名家の皆さんが築いてきたジャパンブランドの価値を広める手伝いを、俺にさせていただけたらと思っています」

 大和の話し方は淡々としているし、和やかな顔つきとは言えないのに、喋りのうまいニュースのコメンテーターの言葉に皆が自然と納得してしまうような安心感がある。

「あの……クマトイファクトリーが大きくなって、たくさんの子どもたちにうちの玩具で遊んでもらうのは、両親や俺の夢でもあります」

 兄が父をちらりと見ると、父が大丈夫だというような顔で顎を引いた。

 大和から話を聞いて、父も兄も迷いが吹っ切れたような顔をしている。

「でも、俺も父も職人で……その規模の会社の経営者は、正直荷が重いのです。出資の際の手続きについても調べたのですが、それさえもちんぷんかんぷんでして……クマトイファクトリーがこだわるジャパンブランドや、障がい者雇用を積極的に行う点に関してだけご留意いただけるのであれば、会社を手放す選択肢があってもいいのでは、と考えています」

 千尋も同じように考えていた。

 大和の語る未来予想図を描くのは、父や兄だけでは無理だろうと。

 大和個人の性格は難ありとしか思えないが、仕事においては優秀としか言いようがない実績を誇っている。

 玖代グループも積極的にM&Aを行い、いくつもの中小企業を統合し、会社の規模を拡大、競争力を強化してきた。クマトイファクトリーにとって大企業である玖代グループのひとつになれるならメリットしかない。

 そうなれば当然、父や兄は現在の地位にいられなくなるものの、むしろその地位を引き継ぐことは兄の言葉のとおり、負担にしかならないだろう。

「玖代グループに会社を売り、職人として雇用を求めるということですね」
「はい」

 父と兄は、大和の目を見てしっかりと頷いた。

「恥を晒すようですが……うちは古くから取り引きのある百貨店さんと、ネットショッピングで細々と売上を上げてきたような小さな会社です。海外と新規取引なんて、まともな商談ができるとは思えません。身に余る光景なお話だとは思いますが」
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