無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
「それにしても、君の家族は皆よく喋るな。驚いた」
「仲はいいと思いますが普通だと思いますよ」
「あれが普通なのか?」

 バカにされているわけでないのは本気で驚いた様子の態度でわかるが、どうしてそんな疑問を抱くのかがわからず、千尋は聞き返す。

「大和さんのご家族は違うんですか?」
「君のところとはまったく別物だ」

 そういえば、彼の両親は何年も前から欧米での事業展開のため奔走しており、日本にいることが少ないと思い出す。

(大和さんが幼い頃から、そうだったのかな?)

 椎名家が特別仲のいい家庭に見えるくらい、家族揃っての食事もなく、両親と一緒に過ごす時間もあまりなかったのかもしれない。

(この人が恋愛に冷めてるのって……そのせいもあるのかも)

 仲のいい両親を見てこなければ、理想の夫婦像もなにもないだろう。

 もしも大和と温かな家庭を築けたら。

 千尋の脳裏に彼と笑いあっている未来予想図が現れ、慌てて打ち消した。

(大和さんとは契約結婚なんだから……温かな家庭なんてないでしょ)



 第二章 結婚生活の始まり

 一月に入り、休暇明けの忙しさも納まった中旬。
 大和の部屋に引っ越しをするため、千尋は朝早い時間に彼のマンションにやって来た。

 情緒もなく差しだされた婚姻届に名前を書くと、それからすぐ引っ越し業者がやって来て、千尋に与えられた部屋に段ボールを運んでいく。

 どうやら大和は婚姻届を区役所に出しに行くらしい。

 大和のマンションは品川区内にあり、駅から徒歩五分という利便性の良さだ。一年後に出ていく可能性を考えて、大和の家に持ち込む荷物は最小限にしておいた。

 服はそのままクローゼットにしまうだけだが、段ボールの中身を細かくわけてチェストに片付けるのはなかなか大変で、ようやく段ボールが少なくなった頃には昼を回っていた。

(そろそろお昼ご飯でも食べようかな。大和さんがどうするか聞くべき? さっきドアの音が聞こえたから、帰ってきてるとは思うけど)

 朝、ここに来るまでにコンビニで買ったおにぎりは、冷蔵庫に入れさせてもらった。

 生活をわけると言っても共用スペースにいる時間が被る可能性は大いにあり、彼の前でひとりで食事をするのは憚られる。

 考えながらも手を動かし、段ボールを畳んでいると、コツンという音が聞こえる。

 振り返ると大和が部屋の外に立っていた。荷物を運び入れるためにドアは開けっぱなしだったから、開いたドアをノックしたらしい。

「片付けは終わったか?」
「あ、はい、ほとんど。どうかしましたか?」

 千尋は軽く手を払い、立ち上がった。

 もしかしたら昼食のお誘いだろうか。
 そう考えるも、大和は千尋が業者とやり取りをしていても、こちらに関わる気はゼロという態度を崩さなかった。おそらく事務的な手続きの話だろう。

(そうだ……私、もう結婚したんだ……)

 婚姻届がすでに区役所に提出され、千尋は玖代の名字になったということ。

 名義変更などの煩雑な手続きはまだ残っているが、書類上はもう彼の妻なのだ。

「婚姻届を提出して、ついでにこれを取ってきた」

 大和の手には真四角のリングケースが握られていた。

それがなにかなど聞くまでもないが、大和がこういうものをきっちり用意するタイプだとは思わなかったため驚いた。

 箱には海外発祥の有名ブランドの名前が入っている。直営店には、数百万する時計やアクセサリーから、一億円の値がついた時計まで置かれているブランドである。

「私に、ですよね?」
「当たり前だろう。どうして君以外の女に指輪をやらねばならん」

 大和は眉間にしわを寄せて言った。
千尋もそりゃそうだと思う。

 胸が弾むのは、初めての結婚指輪に浮かれているわけではなく、大和から結婚指輪をもらって驚いたからだろう。

「……そうですね。ありがとうございます」

 しかし、いくら契約結婚とはいえ、指輪をプレゼントされ笑顔ひとつなく受け取る女もいないだろう。

 そう思うのに、口を衝いて出る言葉は、仕事で彼と接するときと変わらず事務的なもの。

(上司だから、仕方ないんだけど)

 実家へ挨拶に来てくれてから、多少は大和を知ったような気分になっていたが、あれからプライベートで会うこともなく日々仕事で接しているうちに、また前と同じ関係に戻ってしまったような気がする。

「開けても?」
「あぁ」

 さっさとしろとばかりに顎をしゃくられた。

 千尋はリングケースを受け取り、中を開ける。
 指輪はブランドロゴを形取るデザインで、華美すぎず目を引くものだ。

「素敵ですね」
「俺はもうしているから、君もしておいてくれ。会社にはなるべく着けてくるように。休日明けに皆に結婚報告をするつもりだが、早朝から会議が入っているからタイミングを見てになるだろう。君もそのつもりで」

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