無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
 もしかしたら自分は、休日に誰とも話さないでいることが寂しかっただけではないか。それに気づいてしまうと、言いようのない恥ずかしさに襲われる。

 モヤモヤした感情は、予定表に書けば、大和とこうして話せず、顔も合わせられないと考えたからではないか。

「どこの子ども食堂だ?」
「もぐもぐ食堂というところです」
「大手外食産業のフードリオホールディングスが運営しているところだな」

 大和は知っていたらしく納得したように頷いた。大企業が子ども食堂の運営に関わるのは珍しくなく、玖代不動産もいくつかのNPO団体に寄付をしていたはずだ。

「それなら俺も行く。少し待ってろ」
「え、大和さんもですか?」

「布石を打っておくだけだ。フードリオホールディングスの後藤《ごとう》社長は、子どもの虐待や飢餓の問題解決のための活動に熱心に取り組んでいる方だからな。あそこは子会社に子ども向けの日用品や娯楽用品の販売を行う会社がある。クマトイファクトリーの玩具が社長の目に留まる可能性もあるだろう」

 大和はそれだけ言うと部屋に戻った。

 千尋は子ども食堂への寄付からクマトイファクトリーの仕事に繋げようなどと思ったことはなく、大和の話に衝撃を覚え、そんな彼だからこそ、いくつもの都市開発を成功させてきたのだろうと納得もした。

 大和は五分も経たずに着替えて部屋から出てくる。

「行くぞ。玩具を運ぶなら車の方がいいな」
「そうですね」

 まさか大和と出かけることになるとは思ってもおらず、千尋は戸惑いながらも先を歩く彼についていき、玄関を出た。

 マンションの駐車場で彼の車の助手席に乗り込む。大和の車は国産セダンの黒で、運転席も助手席も広々としている。

 クマトイファクトリーの工房でドールハウスやほかの商品を受け取り、後部座席に積むと、今度はもぐもぐ食堂へ出発した。

 住宅街を進むと、古い民家に『もぐもぐ食堂』と書かれた看板が目に入った。

「あそこです」

 大和は近くにあるコインパーキングに車をとめた。玩具をふたりで持って運ぶ。

 もぐもぐ食堂は放課後児童クラブと併設されていて、平日一日と土曜と日曜に食堂が開かれる。

親子での利用も可能で、食堂はチケット制。あらかじめチケットを購入し、困窮している家庭には無料チケットが配られる。

「こんにちは~」

 千尋は引き戸を開けて、声をかけた。

中も普通の民家で、玄関の先には廊下があり、いくつかの部屋にわかれている。中からは子どもたちの楽しそうな声が聞こえてきた。

「は~い、ただいま~」

 中からやや高い声で返事があり、一番手前の部屋からエプロンを身につけたボランティアの女性が廊下に出てきた。

「あら、千尋さんっ! 今日はどうしたんですか?」

 彼女は千尋に目を向けて嬉しそうな顔をし、大和を見てぎょっとした。

「田中《たなか》さん、ご無沙汰してしまって申し訳ありません。うちから玩具の寄付をと思って。あ、こっちは主人です」

「あぁっ! いつもありがとうございます! と言っても、私もボランティアですけどね。どうぞどうぞ、おふたりとも上がってください!」

 田中は土日だけもぐもぐ食堂でボランティアをしている四十代の女性だ。千尋は大和と共に玄関に玩具を置き、靴を脱いで上がった。

「運ぶの、私も手伝いますね」
「ありがとうございます」
「君はこれを」

 千尋がもう一度玩具を重ねて持とうとすると、大和が重い物をひょいひょいと重ねて持ち、千尋の手には軽いものを乗せた。

「ありがとうございます」
「いや」

 田中のあとに大和が続き、その後ろを千尋が歩いた。

 廊下でいくつかの部屋にわかれており、一番広い部屋が食堂だ。

食事のとき以外は、皆がここで集まり遊んでいる。ほかの部屋では曜日によって勉強を教えている日もある。

 室内に入ると、いくつかの小さなテーブルがあり、小学生くらいの子どもたちがトランプやカードゲームで遊んでいた。

 これらも地域のボランティアからの寄付だと田中から聞いた覚えがある。

「でっかい人がいる。誰~? 田中さんの友だち?」

 ひとつのテーブルに案内されると、カードゲームに飽きたのか女の子が近づいてきた。子どもは怖いものなしだなと思いながら、千尋はしゃがみ込んで目を合わせた。

「お兄さんとお姉さんは、玩具を持ってきたの」
「えっ、玩具! うわ、かわいい~! 遊んでいいの?」
「箱から出してないから、少しだけ待ってね」

 千尋は丁寧に箱から出し、家具などの小物を包むビニールを外していく。

 すぐに捨てられてしまうものだが、実はこれらをビニールに入れる作業も、福祉施設の手作業としてお願いしているのだ。
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