無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
 テーブルの上に家具やクマの人形、お父さん、お母さん、男の子、女の子、赤ちゃんをそれぞれ出していくと、うずうずしていた女の子がそっと人形を手に取った。

「クマさん、かわいい」

 気づけば、千尋が座るテーブルの周りには三人ほどの女の子が座っていた。皆、興味津々にドールハウスを見ている。

「みんなでケンカしないように遊べるかな?」
「うんっ! お姉さん、ありがと~」
「どういたしまして」

 ドールハウスは家が収納の箱となっており、遊んだあとは中心で半分に割れた形の家を閉じてロックするだけでいい。片付けが簡単なのも父のこだわりだ。

 千尋はこのドールハウスが大好きで、幼い頃はこれでばかり遊んでいたものだ。懐かしさに目を細めていると、奥にあるキッチンの方から田中を呼ぶ声がする。

「あ、そろそろ昼食の仕込みをしないと。箱は預かっちゃいますね」

 田中は慌ただしく立ち上がった。

キッチンにいる女性もボランティアだろう。エプロンを着用しているのがここのスタッフだから、子どもの数から考えてずいぶんと少ない。

「それ、私が手伝っても大丈夫ですか?」
「えぇっ!? よろしいんですか!? 実は猫の手も借りたいくらい忙しくって!」

 千尋が大和をちらりと見ると、頷きが返された。
 こういう場には明らかに慣れていないのが丸わかりだが、帰ろうとはしないらしい。

「大和さんも一緒にやりましょう」
「料理はできないぞ」
「子どもたちと一緒に遊ぶのと料理、どちらがいいですか?」

 千尋が聞くと、大和は渋々といった様子でキッチンに向かった。

 料理経験がほとんどない大和にはじゃがいもを洗う作業があてられたが、エプロン姿があまりに似合っておらず、何度も笑いそうになった。

 リビングからは女の子たちのおままごとの声。べつの女の子たちの歌い声。男の子たちのはしゃぎ声が響いている。

 千尋たちも昼食をご馳走になった。

 食事を振る舞い片付けを終えた頃には夕方になっていた。

 もぐもぐ食堂を出た帰り道、千尋は運転席でハンドルを握る大和をちらりと見る。

(玩具を運んですぐに帰るかと思ったのに、結局、最後まで付き合ってくれるんだ)

 よくよく考えてみれば、大和が一緒に来る必要もなかったのだ。

 子ども食堂の運営会社がフードリオホールディングスであるのはたしかだろうが、玩具を運ぶだけでも、なんなら寄付金を送るだけでもよかったはず。

 それがわからない男ではない。

(どうして、一緒に来てくれたんだろう)

 まさか、家族と離れて寂しがっている千尋に気づいたとか。

 そう考えて、首を横に振る。気づいたとしても、大和は寂しがっている女性をいちいち慰めるような無駄な真似をしない。

「ずいぶんと楽しそうだな」

 窓の外を眺めていると、ふいに大和に声をかけられた。

「あ、すみません。うるさかったですね」

 子どもたちの歌が頭に残っていたようで、考え事をしながら、無意識に鼻歌を口ずさんでいたらしい。

「いや、君は子どもが好きなのか?」
「どうでしょう。子どもが好きというより、お父さんが作った玩具で子どもたちが遊んでくれているのが嬉しい……のかな」

「あぁ、そういうものか」
「子どもたちがおとなになって、その子に自分の子どもができたとき、小さい頃、この玩具で遊んでいたなって思い出してほしくて。ほら、その頃には大和さんがクマトイファクトリーを大きな会社にしてくれているでしょうし」

 千尋が言うと、大和が目を見開いた。

そこまで表情が変わるのは珍しく、千尋はどうかしたのだろうかと首を傾げるも、彼のやや赤くなった耳には気づかなかった。

「どうかしました?」
「なんでもない」

 千尋は首を傾げながらも、ふたたび窓の外に目を向けた。

 そうして、久しぶりに楽しい時間を過ごし、帰路に就いたのだった。



 第三章 変わっていく気持ち

 一緒に暮らして数日が経つ週の半ばの水曜日。

 今日は付き合いのある清水建設の会長である清水《しみず》と会食のため、仕事を定時に終えたあと、大和と共にタクシーに乗り込んだ。

 清水は高度経済成長期に高速道路や様々な公共建設に携わり、戦後の復興を支えてきた大物である。

玖代不動産の跡継ぎである大和でさえひよっこ扱いする。

 行き先は銀座、商業ビルがひしめきあう国道沿いに建つビルの十階。ここは目の前の鉄板で肉を焼くカウンター席がメインだが、個室もあった。

 もともとの予定は清水と大和のふたりでの会食予定だったが、大和が結婚したことを知った清水に、結婚祝いだからと千尋も呼ばれたのだ。当然、断るわけにはいかない。

「君が結婚するなんて想像もしなかったが、似合いの夫婦になりそうじゃないか」
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