無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
「どこか打ったか? けっこうな音がしたが」
「あの……膝を、ちょっと」
「君、けっこう酔ってるか? 顔色もいつもと同じだし、店を出るまではいつもと変わらなかったから、疲れているだけかと思っていたが」
「すみません、ちょっと、日本酒だけは体質に合わないみたいで、酔いが回るのが早くて」
「そうか。立てるか?」
「はい」
大和に肩と背中を支えられながら、ゆっくりと立ち上がった。
膝はまだじんじんと痛むし、酔いが覚めたとは言いがたいが、大和に面倒をかけるわけにはいかない。
「ご迷惑をおかけしてすみません。もう大丈夫です。ひとりで歩けますから」
聞こえているはずなのに、大和の腕は離れていかなかった。
肩を支えられたまま大和が歩きだすと、千尋の膝にずんっと響く。
「……あっ、ぅ」
「無理するな、まったく。俺はそこまで血も涙もない男ではないぞ」
痛みに小さく呻いていると、すぐそばから呆れ混じりのため息が聞こえてくる。
「すみません」
「何度も謝る必要はない。君が酔っていると気づかず清水会長を止めなかった俺も悪い。それに、酔っていてもあの場で醜態は晒してないだろう。少しだけさわるぞ……いいか?」
「あ、はい」
大和はそう言うなり、千尋の膝の間に腕を差し込み、立ち上がった。軽々と持ち上げられ、急に足が浮いた感覚に驚き咄嗟に大和の肩を掴む。
「ひゃぁっ、ちょっ……なにを……っ!?」
「落とすぞ。黙ってろ」
大和は衝撃が来ないようにかゆっくりと歩き、千尋の部屋に向かう。
「開けるが、構わないな?」
「は、はい」
千尋が赤くなったり青くなったりして慌てていると、大和が口の端をほんの少し上げた。
(え、笑った……?)
いや、まさかと思いながらもう一度見るが、いつもの無表情。やはり気のせいだと思いながらも、大和の笑顔が頭から消えてくれない。
首の下を大和の腕に支えられていたせいで、ベッドに寝かされた際、彼の顔が驚くほど近づいた。
互いの呼気まで感じるほどの近さに胸がおかしな音を立てる。
思わずつばを呑み込むと、まるで意識などしていない様子で大和が立ち上がった。
「あの……ありがとう、ございました」
「べつにいい、明日の仕事に響いては事だからな。着替えは自分でしろよ?」
「当たり前です!」
大和に着替えさせられる想像をしてしまい、その動揺のあまり叫ぶと、またもや大和がくっと笑いをこらえるような顔をした。やはり先程の顔は見間違いではなかったらしい。
「冗談に決まってるだろう」
「大和さんって、冗談を言うんですね」
「だから君は……俺をなんだと思ってるんだ」
疲れた顔でため息をつかれ、人間味のあるその態度に千尋も笑みを漏らす。
「ふふっ、たしかに。ロボットではないみたいです。仕事は完璧な人なのに」
「完璧なんかじゃないさ。気づけないことの方が多い」
「え?」
「俺は人の気持ちに鈍感だ。君が無理をしていても気づけない。だが、飲ませすぎだと思ったら俺が止めるから、今度からはこっそり言うなり合図をするなりしろ。まともに歩けなくなるほど無理をするな。とりあえず、湿布と水を持ってくる」
大和は部屋のドアを開けっぱなしにして一度出ていった。
千尋は大和が出ていった部屋のドアをしばらくの間見つめ、両手で顔を覆った。
(慰めて、くれたっぽい?)
大和の言葉を反芻し、頬に熱が籠もる。
千尋は顔を覆っていた手を下ろし、大和が触れた肩を無意識に撫でた。
そうしているうちに、疲れも限界だったのか、すぐにうつらうつらしてきて、気づけば眠りに落ちてしまっていた。
***
ミネラルウォーターと湿布を持って千尋の部屋に入ると、ベッドに寝かせた彼女はすでに夢の中だった。
さすがにこの季節に布団もかけずに寝たら風邪を引くだろう。
大和は部屋の中央に置かれた小さなテーブルにペットボトルと湿布を置くと、足元に丸まっていた布団をそっと千尋にかけた。
羽布団の冷たさに体が震えたのか、千尋が身震いする。
足元に畳んで置いてある毛布もかけてやった方がいいと考えながら、どうして自分がそこまでしてやる必要があるのかと思考する。
契約で結婚した相手だ。生活は完全にわけるという契約なのだから、本来ならベッドに運ぶのも行き過ぎた行為である。
(いや、隣人が倒れていたら、手を貸すくらいは普通だろう)
他人にそこまで親切にしたことなどないがと首を傾げながらも、自分にそう言い聞かせ、起きる素振りのない彼女を見下ろした。
彼女に手を出す気は微塵もないが、ここまで無防備に寝られると、その警戒心のなさが心配になってくる。
家に帰ってきても部屋に入るまでは気を抜くなと言いたいが、上司として一緒にいた責任もあり、飲み過ぎた彼女だけを責められない。
「あの……膝を、ちょっと」
「君、けっこう酔ってるか? 顔色もいつもと同じだし、店を出るまではいつもと変わらなかったから、疲れているだけかと思っていたが」
「すみません、ちょっと、日本酒だけは体質に合わないみたいで、酔いが回るのが早くて」
「そうか。立てるか?」
「はい」
大和に肩と背中を支えられながら、ゆっくりと立ち上がった。
膝はまだじんじんと痛むし、酔いが覚めたとは言いがたいが、大和に面倒をかけるわけにはいかない。
「ご迷惑をおかけしてすみません。もう大丈夫です。ひとりで歩けますから」
聞こえているはずなのに、大和の腕は離れていかなかった。
肩を支えられたまま大和が歩きだすと、千尋の膝にずんっと響く。
「……あっ、ぅ」
「無理するな、まったく。俺はそこまで血も涙もない男ではないぞ」
痛みに小さく呻いていると、すぐそばから呆れ混じりのため息が聞こえてくる。
「すみません」
「何度も謝る必要はない。君が酔っていると気づかず清水会長を止めなかった俺も悪い。それに、酔っていてもあの場で醜態は晒してないだろう。少しだけさわるぞ……いいか?」
「あ、はい」
大和はそう言うなり、千尋の膝の間に腕を差し込み、立ち上がった。軽々と持ち上げられ、急に足が浮いた感覚に驚き咄嗟に大和の肩を掴む。
「ひゃぁっ、ちょっ……なにを……っ!?」
「落とすぞ。黙ってろ」
大和は衝撃が来ないようにかゆっくりと歩き、千尋の部屋に向かう。
「開けるが、構わないな?」
「は、はい」
千尋が赤くなったり青くなったりして慌てていると、大和が口の端をほんの少し上げた。
(え、笑った……?)
いや、まさかと思いながらもう一度見るが、いつもの無表情。やはり気のせいだと思いながらも、大和の笑顔が頭から消えてくれない。
首の下を大和の腕に支えられていたせいで、ベッドに寝かされた際、彼の顔が驚くほど近づいた。
互いの呼気まで感じるほどの近さに胸がおかしな音を立てる。
思わずつばを呑み込むと、まるで意識などしていない様子で大和が立ち上がった。
「あの……ありがとう、ございました」
「べつにいい、明日の仕事に響いては事だからな。着替えは自分でしろよ?」
「当たり前です!」
大和に着替えさせられる想像をしてしまい、その動揺のあまり叫ぶと、またもや大和がくっと笑いをこらえるような顔をした。やはり先程の顔は見間違いではなかったらしい。
「冗談に決まってるだろう」
「大和さんって、冗談を言うんですね」
「だから君は……俺をなんだと思ってるんだ」
疲れた顔でため息をつかれ、人間味のあるその態度に千尋も笑みを漏らす。
「ふふっ、たしかに。ロボットではないみたいです。仕事は完璧な人なのに」
「完璧なんかじゃないさ。気づけないことの方が多い」
「え?」
「俺は人の気持ちに鈍感だ。君が無理をしていても気づけない。だが、飲ませすぎだと思ったら俺が止めるから、今度からはこっそり言うなり合図をするなりしろ。まともに歩けなくなるほど無理をするな。とりあえず、湿布と水を持ってくる」
大和は部屋のドアを開けっぱなしにして一度出ていった。
千尋は大和が出ていった部屋のドアをしばらくの間見つめ、両手で顔を覆った。
(慰めて、くれたっぽい?)
大和の言葉を反芻し、頬に熱が籠もる。
千尋は顔を覆っていた手を下ろし、大和が触れた肩を無意識に撫でた。
そうしているうちに、疲れも限界だったのか、すぐにうつらうつらしてきて、気づけば眠りに落ちてしまっていた。
***
ミネラルウォーターと湿布を持って千尋の部屋に入ると、ベッドに寝かせた彼女はすでに夢の中だった。
さすがにこの季節に布団もかけずに寝たら風邪を引くだろう。
大和は部屋の中央に置かれた小さなテーブルにペットボトルと湿布を置くと、足元に丸まっていた布団をそっと千尋にかけた。
羽布団の冷たさに体が震えたのか、千尋が身震いする。
足元に畳んで置いてある毛布もかけてやった方がいいと考えながら、どうして自分がそこまでしてやる必要があるのかと思考する。
契約で結婚した相手だ。生活は完全にわけるという契約なのだから、本来ならベッドに運ぶのも行き過ぎた行為である。
(いや、隣人が倒れていたら、手を貸すくらいは普通だろう)
他人にそこまで親切にしたことなどないがと首を傾げながらも、自分にそう言い聞かせ、起きる素振りのない彼女を見下ろした。
彼女に手を出す気は微塵もないが、ここまで無防備に寝られると、その警戒心のなさが心配になってくる。
家に帰ってきても部屋に入るまでは気を抜くなと言いたいが、上司として一緒にいた責任もあり、飲み過ぎた彼女だけを責められない。