無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
(彼女の気持ちがどうであれ、もう契約は交わしているんだ。婚姻届だって提出している。千尋は……俺の妻だ)
どうして自分がそんなふうに思うのか理解できないまま、大和は逃げるように千尋の部屋をあとにした。
***
千尋は、頭の重さと喉の渇きで目を覚ました。
外はまだ暗いから、六時にもなっていないはずだ。目は覚めているのに、資料作成が間に合わず深夜まで残業しタクシーで帰ってきたときのように体が重い。
(そっか……昨日、会食で)
清水会長に勧められるがまま日本酒を飲んでしまったのだ。
ゆっくりと体を起こしベッドから下りると、テーブルに置いてあるミネラルウォーターのペットボトルに気づく。
(大和さんが、持ってきてくれた、のよね?)
そして、大和が自分を横抱きにしてベッドに運んでくれたことや、彼との会話を思い出し、千尋は猛省した。
大和は酒を飲ませすぎたのは自分のせいでもあると言ってくれたが、清水の酌を断るなり誤魔化すなりすることもできたはず。秘書としてそういった社交も仕事のうちだ。
役員のサポートが自分の仕事なのだから、大和の手を煩わせてはならなかった。
いつもの千尋ならば、影役に徹して席を外すなりしていただろうが、昨夜は仕事の話をしつつも、大和と千尋の結婚に関する話題が多く、それもできなかった。
自分たちの結婚を純粋に喜んでくれている清水の酌を断れなかったのだ。
千尋はミネラルウォーターのペットボトルを開けて、口をつける。思っていた以上に喉が渇いていたようで、一気に半分ほどを飲み干した。
水を飲んだら頭の重さも少しすっきりしてきた。
残念ながら今日も仕事。
昨日の格好のまま化粧も落とさず寝てしまったから、シャワーを浴びて支度をしよう。
千尋は替えの下着や服を持ち、ドアの開閉音を立てないように廊下に出た。向かい側にある彼の部屋の前をとおる際も、音に気をつけてそっと歩く。
洗面所で鏡を見れば、アルコールのせいで腫れぼったいまぶたをした自分の顔が映っていた。化粧を落としていないため、肌もやや荒れている。
洗面所の鍵をしっかりかけて、シャワーを済ませた。出勤までまだ時間はたっぷりとある。
髪を乾かし、いつもより念入りにケアをしてフェイスマスクを顔にのせた。
今日は自分が洗濯機を使える日だ。千尋は洗濯機を回して洗面所を出ると、フェイスマスクをつけたままキッチンに向かう。
廊下でドアが開く音がして振り返ると、大和が部屋から出てきた。薄暗い廊下に真っ白なフェイスマスクをした自分の姿に驚いたのか、大和が一瞬肩を震わせる。
「お、はよう、ございます」
「あ、あぁ……おはよう……その顔は?」
大和は訝しげな顔をしてこちらを見た。
「驚かせてしまってすみません……あの、シャワーを浴びたので、パックを」
一緒に暮らしてからずっと、大和には恥ずかしい姿ばかり見られている気がする。
(家だとやっぱり気が抜けてるのかな)
ずっと気を張っているのは無理だが、それにしたって酔って醜態を晒したり、こんな顔を見られたり、情けなさすぎる。
「昨日の状態では、朝起きられるかもわからなかったから、時間になったらノックをしようと思っていたんだが、調子は悪くないようだな」
「はい……大丈夫です。昨夜はご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「そう何度も謝らなくていい。それほどの失敗ではないだろう」
大和が自分を案じて、起こすために部屋をノックしようとしたという事実に驚きながらも、顔には出さなかった。
昨日、抱きかかえてくれた件を思い出せば、千尋に対して恋愛感情などなくとも、一応妻を案じる程度の心配をしてくれるとわかったからだ。
千尋がリビングで倒れ、大和がそれに気づかずに仕事に行けば、夫としての評判に関わるからかもしれないが、昨夜のあの行動は咄嗟に出てしまったように見えた。
相変わらず会話はほとんどないから、千尋のホームシックは治っていないけれど、彼がそこまで冷たい人ではないとわかってくると、大和が部屋にいると思うだけでほんの少しだけ安心するようになった。
「で、膝は?」
大和の視線が千尋の脚に向けられた。
「あ、そういえば、どうでしょう」
シャワーを浴びていたときも痣には気づかなかったし、痛みもない。おそらく大丈夫だろうと、穿いているスカートを膝が見えるように少しだけ持ち上げる。
「おい……っ」
「少し痣になってるだけですね。大丈夫です」
やや紫になっているから、今日は黒のパンストを選べばいい。千尋が脚から顔を上げると、大和が思い切り顔を逸らしていた。
「大和さん?」
「昨夜も思ったんだが……君は少し無防備すぎないか? 家でまで気を張れとは言わないが、そういう真似を男の前でするな」
「あ……すみません」
どうして自分がそんなふうに思うのか理解できないまま、大和は逃げるように千尋の部屋をあとにした。
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千尋は、頭の重さと喉の渇きで目を覚ました。
外はまだ暗いから、六時にもなっていないはずだ。目は覚めているのに、資料作成が間に合わず深夜まで残業しタクシーで帰ってきたときのように体が重い。
(そっか……昨日、会食で)
清水会長に勧められるがまま日本酒を飲んでしまったのだ。
ゆっくりと体を起こしベッドから下りると、テーブルに置いてあるミネラルウォーターのペットボトルに気づく。
(大和さんが、持ってきてくれた、のよね?)
そして、大和が自分を横抱きにしてベッドに運んでくれたことや、彼との会話を思い出し、千尋は猛省した。
大和は酒を飲ませすぎたのは自分のせいでもあると言ってくれたが、清水の酌を断るなり誤魔化すなりすることもできたはず。秘書としてそういった社交も仕事のうちだ。
役員のサポートが自分の仕事なのだから、大和の手を煩わせてはならなかった。
いつもの千尋ならば、影役に徹して席を外すなりしていただろうが、昨夜は仕事の話をしつつも、大和と千尋の結婚に関する話題が多く、それもできなかった。
自分たちの結婚を純粋に喜んでくれている清水の酌を断れなかったのだ。
千尋はミネラルウォーターのペットボトルを開けて、口をつける。思っていた以上に喉が渇いていたようで、一気に半分ほどを飲み干した。
水を飲んだら頭の重さも少しすっきりしてきた。
残念ながら今日も仕事。
昨日の格好のまま化粧も落とさず寝てしまったから、シャワーを浴びて支度をしよう。
千尋は替えの下着や服を持ち、ドアの開閉音を立てないように廊下に出た。向かい側にある彼の部屋の前をとおる際も、音に気をつけてそっと歩く。
洗面所で鏡を見れば、アルコールのせいで腫れぼったいまぶたをした自分の顔が映っていた。化粧を落としていないため、肌もやや荒れている。
洗面所の鍵をしっかりかけて、シャワーを済ませた。出勤までまだ時間はたっぷりとある。
髪を乾かし、いつもより念入りにケアをしてフェイスマスクを顔にのせた。
今日は自分が洗濯機を使える日だ。千尋は洗濯機を回して洗面所を出ると、フェイスマスクをつけたままキッチンに向かう。
廊下でドアが開く音がして振り返ると、大和が部屋から出てきた。薄暗い廊下に真っ白なフェイスマスクをした自分の姿に驚いたのか、大和が一瞬肩を震わせる。
「お、はよう、ございます」
「あ、あぁ……おはよう……その顔は?」
大和は訝しげな顔をしてこちらを見た。
「驚かせてしまってすみません……あの、シャワーを浴びたので、パックを」
一緒に暮らしてからずっと、大和には恥ずかしい姿ばかり見られている気がする。
(家だとやっぱり気が抜けてるのかな)
ずっと気を張っているのは無理だが、それにしたって酔って醜態を晒したり、こんな顔を見られたり、情けなさすぎる。
「昨日の状態では、朝起きられるかもわからなかったから、時間になったらノックをしようと思っていたんだが、調子は悪くないようだな」
「はい……大丈夫です。昨夜はご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「そう何度も謝らなくていい。それほどの失敗ではないだろう」
大和が自分を案じて、起こすために部屋をノックしようとしたという事実に驚きながらも、顔には出さなかった。
昨日、抱きかかえてくれた件を思い出せば、千尋に対して恋愛感情などなくとも、一応妻を案じる程度の心配をしてくれるとわかったからだ。
千尋がリビングで倒れ、大和がそれに気づかずに仕事に行けば、夫としての評判に関わるからかもしれないが、昨夜のあの行動は咄嗟に出てしまったように見えた。
相変わらず会話はほとんどないから、千尋のホームシックは治っていないけれど、彼がそこまで冷たい人ではないとわかってくると、大和が部屋にいると思うだけでほんの少しだけ安心するようになった。
「で、膝は?」
大和の視線が千尋の脚に向けられた。
「あ、そういえば、どうでしょう」
シャワーを浴びていたときも痣には気づかなかったし、痛みもない。おそらく大丈夫だろうと、穿いているスカートを膝が見えるように少しだけ持ち上げる。
「おい……っ」
「少し痣になってるだけですね。大丈夫です」
やや紫になっているから、今日は黒のパンストを選べばいい。千尋が脚から顔を上げると、大和が思い切り顔を逸らしていた。
「大和さん?」
「昨夜も思ったんだが……君は少し無防備すぎないか? 家でまで気を張れとは言わないが、そういう真似を男の前でするな」
「あ……すみません」