無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
「わかった!」
そんな話をしているうちに、いつの間にか社長はほかの人を連れて帰っていたらしい。
土日はランチ時間の営業しかしていないため、そろそろ閉店の時間だ。子どもたちも玩具を片付けはじめる。
「椎名さん、今日もありがとうございました」
「いえ……お邪魔じゃなかったら、また手伝いに来ても? いつとはお約束できませんが、土日ならわりと自由が利くので」
「助かります! ぜひまたご主人とも来てくださいね」
誘ったら大和はまた来てくれるだろうか。嫌そうな顔をしながらも、手を止めずにじゃがいもを洗う彼を思い出し、千尋は相好を崩した。
「はい、声をかけてみます。じゃあ私はこれで」
田中やほかのボランティアに別れを告げて、もぐもぐ食堂を出る。日はすっかり傾いていた。スマートフォンで時刻を確認すれば十七時を回っている。
実家に顔を出そうかと思っていたが、家に帰るのが遅くなってしまうし、大和とのことを根掘り葉掘り聞かれれば、ぼろが出るかもしれない。
(ちょっと早いけど、どこかで夕食を取って帰ろうかな)
最寄り駅までは途中で乗り換える必要がある。乗り換えのついでに食事をして、少しぶらぶらして帰ろうと改札をとおり、電車に乗り込んだ。
千尋はまだ実家への援助を続けている。家を出たのだから必要ないと言われたが、大和との契約で、家賃も光熱費もかからないため余裕はあるのだ。
玖代不動産とのM&Aで最終的な契約締結となるまで、まだ時間はかかる。それまでの期間の生活費は必要だ。買収が成されたあとは、父も兄もクマトイファクトリーの一社員となってしまうが、今よりも生活は格段に楽になるだろう。
それまでの期間だけだと言って、家族には納得してもらった。
電車を降りて、どこで食べようかとあてもなく歩いた。
あらかじめ目的地が決まっていればさくさく動けるが、この辺りは繁華街で居酒屋やレストランも多く、目移りしてしまう。
時間的にも店が混み合う頃だろう。早く決めなければと辺りを見回しながら歩いていると、見知った人影が数メートル先から歩いてくる。
(秀旭……と、隣にいるのは、彼女?)
そういえば、好きな人ができたと言っていたなと思い出す。
正直、大和と一緒に暮らしてから、秀旭を思い出すことは一度もなかった。秀旭に対して恋愛感情は欠片も残っていない。
秀旭と別れてから二ヶ月弱しか経っていないのに、もう何年も時間が経ったように感じる。彼は嬉しそうに彼女の話に相槌を打ちながら、千尋の目の前を横切っていった。
一緒にいた彼女は秀旭の腕に頭を寄せて、甘えるようにぴたりと寄り添って歩いている。かなり歩きにくそうだ。
(そういうことを考えるからかわいげないのよね)
ああいう女の子の方が好かれると、千尋にもわかっている。
かわいくて素直で、男性に甘えられる女性。千尋はそうなれなかった。
(そういえば、秀旭にバレッタをもらったとき、お礼はちゃんと言ったけど……不服そうだったもんね)
もらったバレッタは本人に壊されバッグにつけたけれど、不満は千尋がバレッタを使っていなかったことだけではないのだろう。
きっとあの彼女なら、秀旭からのプレゼントに大袈裟なほどに喜んで笑顔を浮かべて見せるはず。千尋にはそれができなかった。きっとこれからもできない。
もっとかわいげがあれば、もっと男好みの性格であれば、自分にもあんな未来があったのではないかと考えてしまう。
だからか、仲睦まじそうなふたりを見ていると、侘しさが押し寄せてくる。自分の居場所を奪った彼女に対しての嫉妬でも、秀旭に対しての腹立たしさでもない。
ふたりが、羨ましくてたまらないだけだ。
脳裏に描いたのは、大和の隣にいる自分の姿。
昔の恋人を見て大和を思い出すなんて、もうかなりの重要ではないか。恋心を自覚したところでどうしようもないが。
(だって、大和さんに求められているのは、契約結婚の相手だもん……かわいげがあったって、どうしようもない)
千尋を女だと見られるようなことを大和の口から聞いたが、彼はそもそも恋愛に興味がない。可能性があるとしたら、体のみの関係だろう。
結局、食事をして帰る気分になれず、千尋は踵を返し改札を潜った。
マンションに近いスーパーでおにぎりと惣菜、朝食の食材などを買って外に出たところで、偶然、大和に会った。
ちょうど駅から出てきたところのようだ。
「お疲れ様です」
「あぁ、君は、買い物帰りか?」
大和の声を聞くと、どうしてか今日は泣きたくなる。
感傷的になってしまうのは、帰りに秀旭と恋人を見かけたからか。それによって大和への気持ちが引きずり出されてしまったのだろう。
「はい……今日はもぐもぐ食堂に行っていまして。ちょっと疲れたのでお惣菜を」
そんな話をしているうちに、いつの間にか社長はほかの人を連れて帰っていたらしい。
土日はランチ時間の営業しかしていないため、そろそろ閉店の時間だ。子どもたちも玩具を片付けはじめる。
「椎名さん、今日もありがとうございました」
「いえ……お邪魔じゃなかったら、また手伝いに来ても? いつとはお約束できませんが、土日ならわりと自由が利くので」
「助かります! ぜひまたご主人とも来てくださいね」
誘ったら大和はまた来てくれるだろうか。嫌そうな顔をしながらも、手を止めずにじゃがいもを洗う彼を思い出し、千尋は相好を崩した。
「はい、声をかけてみます。じゃあ私はこれで」
田中やほかのボランティアに別れを告げて、もぐもぐ食堂を出る。日はすっかり傾いていた。スマートフォンで時刻を確認すれば十七時を回っている。
実家に顔を出そうかと思っていたが、家に帰るのが遅くなってしまうし、大和とのことを根掘り葉掘り聞かれれば、ぼろが出るかもしれない。
(ちょっと早いけど、どこかで夕食を取って帰ろうかな)
最寄り駅までは途中で乗り換える必要がある。乗り換えのついでに食事をして、少しぶらぶらして帰ろうと改札をとおり、電車に乗り込んだ。
千尋はまだ実家への援助を続けている。家を出たのだから必要ないと言われたが、大和との契約で、家賃も光熱費もかからないため余裕はあるのだ。
玖代不動産とのM&Aで最終的な契約締結となるまで、まだ時間はかかる。それまでの期間の生活費は必要だ。買収が成されたあとは、父も兄もクマトイファクトリーの一社員となってしまうが、今よりも生活は格段に楽になるだろう。
それまでの期間だけだと言って、家族には納得してもらった。
電車を降りて、どこで食べようかとあてもなく歩いた。
あらかじめ目的地が決まっていればさくさく動けるが、この辺りは繁華街で居酒屋やレストランも多く、目移りしてしまう。
時間的にも店が混み合う頃だろう。早く決めなければと辺りを見回しながら歩いていると、見知った人影が数メートル先から歩いてくる。
(秀旭……と、隣にいるのは、彼女?)
そういえば、好きな人ができたと言っていたなと思い出す。
正直、大和と一緒に暮らしてから、秀旭を思い出すことは一度もなかった。秀旭に対して恋愛感情は欠片も残っていない。
秀旭と別れてから二ヶ月弱しか経っていないのに、もう何年も時間が経ったように感じる。彼は嬉しそうに彼女の話に相槌を打ちながら、千尋の目の前を横切っていった。
一緒にいた彼女は秀旭の腕に頭を寄せて、甘えるようにぴたりと寄り添って歩いている。かなり歩きにくそうだ。
(そういうことを考えるからかわいげないのよね)
ああいう女の子の方が好かれると、千尋にもわかっている。
かわいくて素直で、男性に甘えられる女性。千尋はそうなれなかった。
(そういえば、秀旭にバレッタをもらったとき、お礼はちゃんと言ったけど……不服そうだったもんね)
もらったバレッタは本人に壊されバッグにつけたけれど、不満は千尋がバレッタを使っていなかったことだけではないのだろう。
きっとあの彼女なら、秀旭からのプレゼントに大袈裟なほどに喜んで笑顔を浮かべて見せるはず。千尋にはそれができなかった。きっとこれからもできない。
もっとかわいげがあれば、もっと男好みの性格であれば、自分にもあんな未来があったのではないかと考えてしまう。
だからか、仲睦まじそうなふたりを見ていると、侘しさが押し寄せてくる。自分の居場所を奪った彼女に対しての嫉妬でも、秀旭に対しての腹立たしさでもない。
ふたりが、羨ましくてたまらないだけだ。
脳裏に描いたのは、大和の隣にいる自分の姿。
昔の恋人を見て大和を思い出すなんて、もうかなりの重要ではないか。恋心を自覚したところでどうしようもないが。
(だって、大和さんに求められているのは、契約結婚の相手だもん……かわいげがあったって、どうしようもない)
千尋を女だと見られるようなことを大和の口から聞いたが、彼はそもそも恋愛に興味がない。可能性があるとしたら、体のみの関係だろう。
結局、食事をして帰る気分になれず、千尋は踵を返し改札を潜った。
マンションに近いスーパーでおにぎりと惣菜、朝食の食材などを買って外に出たところで、偶然、大和に会った。
ちょうど駅から出てきたところのようだ。
「お疲れ様です」
「あぁ、君は、買い物帰りか?」
大和の声を聞くと、どうしてか今日は泣きたくなる。
感傷的になってしまうのは、帰りに秀旭と恋人を見かけたからか。それによって大和への気持ちが引きずり出されてしまったのだろう。
「はい……今日はもぐもぐ食堂に行っていまして。ちょっと疲れたのでお惣菜を」