無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
顔を上げると、その距離の近さに胸が沸き立つ。手の置き所がわからず、大和の胸の辺りで彷徨わせていると、その腕を背中に回された。
きっと大和には千尋を翻弄するつもりなど欠片もないのだろう。こんなふうに抱きあって、胸を高鳴らせているのは千尋だけ。
「もし、あの男の前で君がかわいくいられなかったのなら、男の力不足だろう……俺の前にいる千尋は、こんなにもかわいい」
顔を覗き込むように近づけられ、恥ずかしさから思わず避けるように首を振ってしまうと、顎を掴まれて元に戻される。
呼気すら触れそうな距離に心臓が激しく音を立てるが、大和の顔はいつもとそう変わらない。
「か、かわいいって……そういう、慰め方も、できたんですか」
またもやかわいくない言葉が口を衝いて出てしまい、そんな自分に泣きそうになる。
これだからと猛省していると、大和の唇が目尻に触れた。ちゅっと音が立って離れていく彼の唇を、千尋は言葉を失ったまま愕然と見つめた。
「君は、どういう慰め方が好みだ?」
千尋が動けないのをいいことに、大和は目尻から頬に唇を滑らせた。
しっかり抱き締められていて身動きが取れないが、彼の腕に包まれていると、不思議と安心する。
ほんの少し前までは、彼を前にすると緊張ばかりしていたのに。
「これで、いいです」
このままでいて。キスして。私の気持ちを受け止めて。
言いたいことは山ほどあるのに、少しもその想いを言葉にできない。
頬が熱くて、真っ直ぐに大和の目を見られず、やっぱり逸らしてしまう。
すると、頬に触れていた唇が動かされて、千尋の唇の端に触れた。目と目が合い、どちらからともなく唇を寄せる。
「ん……やま、とさ……っ」
「もう、泣くな」
触れるだけのキスが繰り返され、唇が離れるたびに、顔を近づける。何度もそうしているうちに物足りなさを覚えてくる。
「あの男を想って泣いていると思うと腹が立つ。だから、さっさと泣き止め」
大和はそう言うと、尖らせた舌先で千尋の唇の割れ目をノックした。
秀旭を想ってなんていない。涙が溢れてしまうのは、慰めのキスが嬉しいのに、その気持ちを言葉にできないから苦しいのだ。
「ん……っ、ち、が」
おずおずと口を開ければ、熱い舌が唇を割って滑り込んでくる。
「もういい。喋るな」
「ふっ……ぅ、んんっ」
激しく口腔を貪られていくうちに、頭が陶然としてなにも考えられなくなる。背中に回した手が助けを求めるように大和のジャケットを這う。
体から力が抜けていき、壁に寄りかかるような体勢で彼の唇を受け止めた。
どれくらい時間が経ったのか、唇がじんじんと痺れてきた頃、ようやく大和の体が離れていく。
口の周りは互いの唾液で濡れていて、千尋の腕は彼の背中に回したまま。
すぐには上司と部下に戻れそうになく、なんと言って言葉をかければいいかわからない。
千尋がおずおずと大和を見上げると、濡れた唇を指先で拭われる。
どうしてキスをしたの、とは聞けない。愛や恋ではないことだけはたしかだから。
それに千尋は、気まぐれでも慰めでもよかった。
「俺の前では、ずっとその顔でいろ」
「どの顔……ですか」
千尋が聞くと、大和の頬がふっと緩んだ。
別段、かわいくもない顔だと思う。
ツンケンしているわけではなくとも、和やかではないだろうに。
「泣き止んだな」
「とっくに泣き止んでました」
タイミングがいいのか悪いのか、千尋の腹がくぅと小さな音を立てた。
「仕方がない。お茶くらいは入れてやる」
「ふふっ、なんだか今日は優しいですね。ありがとうございます」
おそらく千尋が泣いたからだろう。他人に興味がないと言いながら、言葉とは裏腹に、千尋が落ち込んでいるのを察してくれる優しい人だ。
「そういう男が好みか?」
「優しくされて嫌な女性はいませんよ」
「そうか」
結局、茶葉の場所がわからなかった大和に付き合い、初めてふたりで肩を並べてキッチンに立った。
ふたり分の緑茶を入れて、スーパーで買ってきたおにぎりと一緒に作り置きの惣菜を小鉢に入れ、テーブルに並べる。
「君の食事だろう?」
千尋のお茶を入れたあとは部屋に戻るつもりだったのだろう。
テーブルに並ぶふたり分の食事に大和が首を傾げた。
「冷蔵庫に入っているものは、大和さんのカードで買っている食材なので、どれも好きに食べてくださいって言ったじゃないですか。他人の手作りが嫌でなければどうぞ」
「じゃあ、いただこう」
大和の箸もテーブルに置くと、彼が席に着く。
べつに胃袋を掴むつもりはないけれど、ちょっとでもおいしいと思ってくれたらと期待してしまう。母が作った肉じゃがコロッケも食べてくれていたから。
きっと大和には千尋を翻弄するつもりなど欠片もないのだろう。こんなふうに抱きあって、胸を高鳴らせているのは千尋だけ。
「もし、あの男の前で君がかわいくいられなかったのなら、男の力不足だろう……俺の前にいる千尋は、こんなにもかわいい」
顔を覗き込むように近づけられ、恥ずかしさから思わず避けるように首を振ってしまうと、顎を掴まれて元に戻される。
呼気すら触れそうな距離に心臓が激しく音を立てるが、大和の顔はいつもとそう変わらない。
「か、かわいいって……そういう、慰め方も、できたんですか」
またもやかわいくない言葉が口を衝いて出てしまい、そんな自分に泣きそうになる。
これだからと猛省していると、大和の唇が目尻に触れた。ちゅっと音が立って離れていく彼の唇を、千尋は言葉を失ったまま愕然と見つめた。
「君は、どういう慰め方が好みだ?」
千尋が動けないのをいいことに、大和は目尻から頬に唇を滑らせた。
しっかり抱き締められていて身動きが取れないが、彼の腕に包まれていると、不思議と安心する。
ほんの少し前までは、彼を前にすると緊張ばかりしていたのに。
「これで、いいです」
このままでいて。キスして。私の気持ちを受け止めて。
言いたいことは山ほどあるのに、少しもその想いを言葉にできない。
頬が熱くて、真っ直ぐに大和の目を見られず、やっぱり逸らしてしまう。
すると、頬に触れていた唇が動かされて、千尋の唇の端に触れた。目と目が合い、どちらからともなく唇を寄せる。
「ん……やま、とさ……っ」
「もう、泣くな」
触れるだけのキスが繰り返され、唇が離れるたびに、顔を近づける。何度もそうしているうちに物足りなさを覚えてくる。
「あの男を想って泣いていると思うと腹が立つ。だから、さっさと泣き止め」
大和はそう言うと、尖らせた舌先で千尋の唇の割れ目をノックした。
秀旭を想ってなんていない。涙が溢れてしまうのは、慰めのキスが嬉しいのに、その気持ちを言葉にできないから苦しいのだ。
「ん……っ、ち、が」
おずおずと口を開ければ、熱い舌が唇を割って滑り込んでくる。
「もういい。喋るな」
「ふっ……ぅ、んんっ」
激しく口腔を貪られていくうちに、頭が陶然としてなにも考えられなくなる。背中に回した手が助けを求めるように大和のジャケットを這う。
体から力が抜けていき、壁に寄りかかるような体勢で彼の唇を受け止めた。
どれくらい時間が経ったのか、唇がじんじんと痺れてきた頃、ようやく大和の体が離れていく。
口の周りは互いの唾液で濡れていて、千尋の腕は彼の背中に回したまま。
すぐには上司と部下に戻れそうになく、なんと言って言葉をかければいいかわからない。
千尋がおずおずと大和を見上げると、濡れた唇を指先で拭われる。
どうしてキスをしたの、とは聞けない。愛や恋ではないことだけはたしかだから。
それに千尋は、気まぐれでも慰めでもよかった。
「俺の前では、ずっとその顔でいろ」
「どの顔……ですか」
千尋が聞くと、大和の頬がふっと緩んだ。
別段、かわいくもない顔だと思う。
ツンケンしているわけではなくとも、和やかではないだろうに。
「泣き止んだな」
「とっくに泣き止んでました」
タイミングがいいのか悪いのか、千尋の腹がくぅと小さな音を立てた。
「仕方がない。お茶くらいは入れてやる」
「ふふっ、なんだか今日は優しいですね。ありがとうございます」
おそらく千尋が泣いたからだろう。他人に興味がないと言いながら、言葉とは裏腹に、千尋が落ち込んでいるのを察してくれる優しい人だ。
「そういう男が好みか?」
「優しくされて嫌な女性はいませんよ」
「そうか」
結局、茶葉の場所がわからなかった大和に付き合い、初めてふたりで肩を並べてキッチンに立った。
ふたり分の緑茶を入れて、スーパーで買ってきたおにぎりと一緒に作り置きの惣菜を小鉢に入れ、テーブルに並べる。
「君の食事だろう?」
千尋のお茶を入れたあとは部屋に戻るつもりだったのだろう。
テーブルに並ぶふたり分の食事に大和が首を傾げた。
「冷蔵庫に入っているものは、大和さんのカードで買っている食材なので、どれも好きに食べてくださいって言ったじゃないですか。他人の手作りが嫌でなければどうぞ」
「じゃあ、いただこう」
大和の箸もテーブルに置くと、彼が席に着く。
べつに胃袋を掴むつもりはないけれど、ちょっとでもおいしいと思ってくれたらと期待してしまう。母が作った肉じゃがコロッケも食べてくれていたから。