無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
 大和に振られた腹いせに、そこまでするかという思いもあった。

「あと、これもだ」
「これは……」

 何枚もの写真には千尋が男性と写っている。それも社内だ。

 隠し撮りと思われる写真がこれだけ出てくると、気持ちが悪くて仕方がない。

 メールの文章は社長にあてたものもあった。内容は玖代大和と結婚した椎名千尋は社内で何名もの男性と浮気をしているというものだった。

 大和を狙っていたのもお金のため。

千尋の実家であるクマトイファクトリーの経営がうまくいっていないからだとある。

 奏恵が真面目に出社し仕事を手伝うようになったのは、彼女がパソコンにさわっていても違和感のない状況を作るため、そして千尋の動向を探るためだと気づく。

 千尋に届くメールには、クマトイファクトリーのM&A進捗状況を知らせるものもあったから、仕事を聞くふりでもして仲のいい男性社員に教えを乞うたのだろう。

「君を疑っているわけではないが、写真に写っているこの男は? どこの部署だ?」

「知り合いではありませんから部署はわかりません」
「知り合いではないのにどうして話を?」
「ぶつかりそうになって、謝罪を受けただけです」

「そうか……まぁいい、とりあえず君はパスワードを変えろ。なるべく長いものにして、隣から見てもわからないように。社長には俺から話しておく」

「承知しました。申し訳ありません」

 パスワードを変更しているところを見られる可能性を考えて、彼のデスクを借りて、パスワードを変更する。

(えっと、なににしよう)

 問題があればあとで変えればいいかと、千尋は適当に長いパスワードを設定した。絶対に忘れないパスワードであるが、かなり恥ずかしい。

(それどころじゃないわね)

 パスワードを突破されるなんて完全に自分の失態だ。

 本来なら同僚にパスワードがバレたところでどうということはないが、奏恵の私怨を甘く見ていたのがいけなかった。

 千尋が思わずため息をつくと、座ったままの大和がこちらを見上げる。

「元はといえば、俺が君を巻き込んだからだ。君のせいじゃない。そういう恨みは俺に向くとばかり思っていた。君が標的になると知っていれば、契約結婚など頼まなかった。すまない」

 千尋のための言葉だとわかっていても、結婚など頼まなかったと言われるのは辛い。

 千尋はもう大和との生活に幸せを感じてしまっているのに。たとえ恋が叶わなくとも、手放したくなかった。

「私は……あなたの妻になれて、よかったと思っています……」

 気持ちを知られるわけにはいかず、それだけ言うのが精一杯だった。

 大和は千尋のこの言葉を、クマトイファクトリーのためだと思うだろう。

「そうだな、俺もだ。結婚相手が君でよかったと思ってる。それに、さすがにこれだけの証拠があれば間違いなく解雇の理由となる」

「でも、それは私が送ったメールでは」
「うちはセクハラやパワハラ防止の観点から、社内にも監視カメラがついていると知っているだろう?」
「あ、そうでしたね」

 メールが送られた日の監視カメラ映像を確認すれば、誰が千尋のパソコンを操作していたかも知れる。

奏恵しかいないだろうが、はっきりすれば問題は解決するだろう。

 千尋はそれに気づいて胸を撫で下ろした。

「それと矢木には、俺たちが夫婦だとはとても信じられないと何度も言われた。こういったものが社内に出回れば、この噂を信じる者もいるだろう。それは俺の本意じゃない」

「はい」
「噂を払拭するように動くが、いいな」
「はい、もちろんです」

 千尋としてもその方が助かる。神妙に頷くと、大和がおもむろに立ち上がった。

「ちょうど休憩だったんなら、昼食に行くか」

 大和は千尋の腰に軽く腕を回し、執務室のドアを開けた。
 体を寄せている自分たちを見て一瞬、奏恵が鋭くこちらを睨んだ。しかしすぐに取り繕ったように男性社員と話しはじめる。

(なんで……? あ、もしかして)

 ちらりと隣を見れば、いつもと同じ平然とした大和の顔。

 千尋が男性社員と浮気をしているというデマがどこまで広まっているかわからない。だから仲のいい夫婦のふりをしてくれているのだろう。

 ならばと、千尋からも体を寄せ、精一杯の笑みを浮かべると、大和が驚いたような顔をしてこちらを見下ろしていた。

「その顔は無理があるぞ」

 周囲に聞こえないように耳元で言われて、急に近づいてきた大和の顔に、あの日のキスを思い出してしまう。

「そういうこと言わないでくださいっ、頑張ったのに」
「君はそのままでいい」

 どういう意味だろうかと窺うように見上げると、薄い笑みが返された。滅多に笑わない大和に優しい顔を見せられて、落ち着かなくなった。

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