無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
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「……承知しております。社長には後日報告をしますので、しばらくお待ちいただくよう伝えてください……では」

 千尋を誘い昼食に出て戻った大和は、父の秘書からの電話に嘆息し、通話を終えた。

 何枚ものメール文書を眺めて、表情を険しくする。

 ひとつは清水建設の清水社長に送られたもの。文書は書かれておらず、適当に選んだファイルを添付したと思われ、データに統一性はない。

(……千尋がデータを外部に流出させたとしたのだろうが)

 先程千尋にも確認したが、彼女はなにも知らないようだった。清水建設にデータを流出させても千尋にはなんのメリットもない。

 午前中にメールを確認した大和は、メールが送られた時間の監視カメラの映像をシステム部に確認するように依頼している。

 もうひとつは、おそらく社内だろうが、そこには千尋と男が写っていた。見ようによっては抱き締めあっているようにも見える。

 メールの送り主は矢木奏恵。ひとつ目のメールとほぼ同時刻である時点で、犯人は確定だ。

 送信先は社長室のほかランダムに何人かを選んでいるようだ。メールの内容は、大和と結婚した千尋が社内で男漁りをしているというもの。

 大和と結婚したのも金のためで、クマトイファクトリーの経営がうまくいっていなかったからだと書かれている。

 父の秘書がわざわざこの程度の件で大和に連絡をしてきたのは、クマトイファクトリーの買収にケチがつく前に片をつけろ、という警告だろう。

 大和はその画像を見て、猛烈な腹立たしさを覚えた。メールの送り主が奏恵である時点でメールの内容が真実ではないのはたしかで、千尋を貶めるためのものだとわかる。

 それなのに、自分以外の男に気を許しているような千尋に腹が立って仕方がなかった。

 ぶつかりそうになっただけだと聞いて、安堵した理由に気づき、臓腑が渦巻くような恥ずかしさを覚える。

 大和はそれを〝嫉妬〟という感情だとすでに自覚している。

 千尋と一緒に暮らしてから、大和はおかしい。

 彼女の笑顔から目が離せなくなり、必要もないのに一緒に出かけたり、ベッドに運んだり。

 会食で飲ませすぎた翌朝、彼女が仕事に起きられないかもしれないと判断し、いつもよりも早めに起きた。

 大和の心配とは裏腹に千尋はすでに起きていて支度も済ませていた。

 キッチンで朝食の準備をしていた千尋は、一緒に暮らす大和を男だとも思っていないのか、あろうことかスカートを持ち上げて膝を見せた。

千尋のパック姿に驚いていたのもあったが、気づけば思ったままの言葉が口を衝いて出ていた。

 ──だが、女を抱けないとは言っていない。こちらから契約を反故にするつもりはなくとも、誘われれば応えるくらいの甲斐性はある。次に俺の前で肌を見せれば、誘っていると判断するからな。

 そして、元恋人を想って泣く千尋を見ていたら、どうしようもないほど気持ちが乱された。

 ──私は……あんなふうになれないから、だから振られたのかなって。私みたいにかわいげのない女が、普通に誰かと恋をすることを望むなんて、厚かましいですね。

 ──もしあの男の前で君がかわいくいられなかったのなら、男の力不足だろう……だって、俺の前にいる千尋は、こんなにもかわいい。

 そんなことを言うつもりはなかった。

 千紘の前にいるとおかしくなる。自分が自分でいられなくなる。

 初めはただ、男の前で無防備な千尋に忠告しただけだった。

それなのに、千尋の泣き顔を見ているだけで苦しくて、自分がなんとかしてやりたいと思ってしまった。

 気づけば彼女にキスをしていた。

 きっとこれが恋なのだろう。漠然としながらも大和にもそれはわかっていた。

 千尋への想いを自覚し、あまりの恥ずかしさに項垂れていると、内線が鳴る。

「はい……あぁ、そうか、わかった。監視カメラの映像は一週間で上書きされるだろう。証拠のデータだけべつで保存しておいてくれ」

 電話を切るとようやく頭が仕事へと切り替わる。このあと奏恵とまた話をせねばならないのだから、気を抜いてはいられない。

(清水社長には大事にしないでほしいと頼んでいるし、あとは矢木の処分だけか)

 大和は正直、自分との結婚のために奏恵がここまでするとは思っていなかった。

 奏恵はなぜ、なんの面白みもないこんな男と結婚したいのだろうか。己の見た目と金目あてなのはわかるが、そこに何の価値があるのか、大和には理解できない。

(女性は結婚に幸せを望むものだろう? 人を愛せない、俺のような男と結婚したところで幸せになどなれないのに)

 幼い頃から、両親は家におらず、大和は金はあっても幸せを感じたことが一度もなかった。そんな生活を自ら望む奏恵の気持ちなどわかるはずもない。
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