無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
そういえば、と大和は考える。千尋の家族は皆、仲がいい。あの両親を見ていれば、千尋が愛のある結婚を望むのも当然だと、今なら大和にもわかる。
なるべく長く契約結婚を続けてほしいが、千尋は早く離婚したがっている。その日が来たら解放してやらねばならない。
しかし、千尋を手放さねばならないと考えると、胸が引き裂かれるように痛む。自分が千尋を離したくないと思っているのは明らかだった。
(ダメだな……千尋のことを考えていると、冷静でいられなくなりそうだ)
大和はシステム部から送られてきた証拠に目を通して、受話器を取った。
「専務室、玖代だ。ある件が懲戒解雇の要件を満たすか確認を頼みたい。該当者は、秘書室、矢木奏恵だ。あと……」
大和は法務部に連絡し、奏恵に対して懲戒解雇が妥当かどうかを確認する。問題のある従業員がいた場合でもすぐに懲戒解雇処分にはできないのだ。
十分な法的検討をしなければ、不当解雇となる可能性があるからだ。安易に懲戒解雇処分を行い、訴訟になった例もある。
今回の場合、無断欠勤、遅刻、早退が相次ぎ、再三指導改善を行ってきた中での、明らかな就業規則の守秘義務違反にあたるため問題はない。
法務部への連絡を終え、副社長、人事部部長、秘書室室長に緊急のメールを送る。解雇通知書を作成したところで、ふっと息をつきメールを確認する。
M&A担当部から、クマトイファクトリーの最終譲渡契約書の作成が終わったとメールが入っていた。
今後あの会社は〝玖代ファクトリー〟として生まれ変わる。
大和は受話器を取り、千尋に内線をかける。
「俺だ……君のお父上の会社だが、最終譲渡契約書を交わして、あとはクロージングだけだ。工場建設の候補地も決まっていたな。従業員の募集手続きを進めておいてくれ」
『承知しました』
電話口から千尋の微かな笑い声が聞こえてきた。
「どうした?」
『あ、いえ……失礼しました。よろしければ飲み物をお持ちしましょうか?』
「……あぁ、じゃあコーヒーを」
『ただいまお持ちしますね。失礼します』
通話が切れて、大和が首を傾げていると、そう待たずにノック音が聞こえる。
「失礼します」
「ありがとう」
千尋がトレイにのせたコーヒーを持ってきて、大和のデスクに置いた。
「さっき、どうして笑ったんだ」
「あ、すみません、なんでもないんです」
千尋の頬が赤くなり、大和はなにを隠しているのかとますます気になった。
「なんでもないなら言えるだろう」
「ほんとに……大したことじゃないんですけど……あの」
「なんだ」
「急ぎじゃないのに内線だったので、どうしてかと考えていました」
たしかに大和は、突然かかってくる電話で仕事の手を止められることを嫌う。
緊急でもない限り、仕事の指示はほとんどメールで済ませていた。そうしなかったのは奏恵のせいで気持ちが荒んでいて、つい千尋の声に癒やされたくなったから。
「……君の声が、聞きたかっただけだ。仕事の手を止めさせたな。悪かった」
「いえっ、いつでも大丈夫です。お昼も……ご一緒できて、嬉しかったですから」
頬を赤らめる千尋がかわいすぎて、ここが職場なのも忘れて抱き締めたくなった。
(千尋は、まだ元恋人を想っているのにな)
キスを受け止めてくれたのは、大和が傷心の彼女につけ込んだからだ。
大和はあのとき、元恋人の代わりでもいいと思いながら、彼女の心に居座る男に嫉妬していた。
大和は小さく咳払いをして、コーヒーカップを手に取る。
「今日は急ぎの仕事はないな?」
「え、えぇ」
「じゃあ、一緒に帰ろう」
千尋は一瞬、ぽかんとした顔をして、直後、またもや顔を赤らめる。
こんなにもかわいい千尋を、よくあの男は手放せたものだと思う。
話し方が硬いのは仕事柄どうしようもないことだが、大和とふたりでいるときの千尋は案外気が抜けているのか隙が多い。そういう彼女を知らないわけでもないだろうに。
大和は一度知ったら手放せなくなった。千尋がいやがっても、離婚に応じたくないとまで思ってしまっている。
「仕事に戻っていい」
「失礼します」
トレイを持って頭を下げる千尋のつむじを見る。
つむじまでかわいいと思ってしまう自分は相当重症ではないだろうか。
副社長の予定が合い、当日中に、奏恵から聞き取り調査を行えることとなった。
突然、会議室に呼びだされた奏恵は訝しむような顔で席に着く。
「さて、呼びだされた理由はわかるかな」
「いえ……わかりません」
奏恵はこの場にいるのが、大和だけではないからか、いつもよりもしおらしい。
しかし、機密文書を外部に流出させた件を伝えると、勝ち誇ったような顔をした。
まさか、これから自分が解雇処分となるなんて思ってもいないのだろう。
「私はなにも知りません」
なるべく長く契約結婚を続けてほしいが、千尋は早く離婚したがっている。その日が来たら解放してやらねばならない。
しかし、千尋を手放さねばならないと考えると、胸が引き裂かれるように痛む。自分が千尋を離したくないと思っているのは明らかだった。
(ダメだな……千尋のことを考えていると、冷静でいられなくなりそうだ)
大和はシステム部から送られてきた証拠に目を通して、受話器を取った。
「専務室、玖代だ。ある件が懲戒解雇の要件を満たすか確認を頼みたい。該当者は、秘書室、矢木奏恵だ。あと……」
大和は法務部に連絡し、奏恵に対して懲戒解雇が妥当かどうかを確認する。問題のある従業員がいた場合でもすぐに懲戒解雇処分にはできないのだ。
十分な法的検討をしなければ、不当解雇となる可能性があるからだ。安易に懲戒解雇処分を行い、訴訟になった例もある。
今回の場合、無断欠勤、遅刻、早退が相次ぎ、再三指導改善を行ってきた中での、明らかな就業規則の守秘義務違反にあたるため問題はない。
法務部への連絡を終え、副社長、人事部部長、秘書室室長に緊急のメールを送る。解雇通知書を作成したところで、ふっと息をつきメールを確認する。
M&A担当部から、クマトイファクトリーの最終譲渡契約書の作成が終わったとメールが入っていた。
今後あの会社は〝玖代ファクトリー〟として生まれ変わる。
大和は受話器を取り、千尋に内線をかける。
「俺だ……君のお父上の会社だが、最終譲渡契約書を交わして、あとはクロージングだけだ。工場建設の候補地も決まっていたな。従業員の募集手続きを進めておいてくれ」
『承知しました』
電話口から千尋の微かな笑い声が聞こえてきた。
「どうした?」
『あ、いえ……失礼しました。よろしければ飲み物をお持ちしましょうか?』
「……あぁ、じゃあコーヒーを」
『ただいまお持ちしますね。失礼します』
通話が切れて、大和が首を傾げていると、そう待たずにノック音が聞こえる。
「失礼します」
「ありがとう」
千尋がトレイにのせたコーヒーを持ってきて、大和のデスクに置いた。
「さっき、どうして笑ったんだ」
「あ、すみません、なんでもないんです」
千尋の頬が赤くなり、大和はなにを隠しているのかとますます気になった。
「なんでもないなら言えるだろう」
「ほんとに……大したことじゃないんですけど……あの」
「なんだ」
「急ぎじゃないのに内線だったので、どうしてかと考えていました」
たしかに大和は、突然かかってくる電話で仕事の手を止められることを嫌う。
緊急でもない限り、仕事の指示はほとんどメールで済ませていた。そうしなかったのは奏恵のせいで気持ちが荒んでいて、つい千尋の声に癒やされたくなったから。
「……君の声が、聞きたかっただけだ。仕事の手を止めさせたな。悪かった」
「いえっ、いつでも大丈夫です。お昼も……ご一緒できて、嬉しかったですから」
頬を赤らめる千尋がかわいすぎて、ここが職場なのも忘れて抱き締めたくなった。
(千尋は、まだ元恋人を想っているのにな)
キスを受け止めてくれたのは、大和が傷心の彼女につけ込んだからだ。
大和はあのとき、元恋人の代わりでもいいと思いながら、彼女の心に居座る男に嫉妬していた。
大和は小さく咳払いをして、コーヒーカップを手に取る。
「今日は急ぎの仕事はないな?」
「え、えぇ」
「じゃあ、一緒に帰ろう」
千尋は一瞬、ぽかんとした顔をして、直後、またもや顔を赤らめる。
こんなにもかわいい千尋を、よくあの男は手放せたものだと思う。
話し方が硬いのは仕事柄どうしようもないことだが、大和とふたりでいるときの千尋は案外気が抜けているのか隙が多い。そういう彼女を知らないわけでもないだろうに。
大和は一度知ったら手放せなくなった。千尋がいやがっても、離婚に応じたくないとまで思ってしまっている。
「仕事に戻っていい」
「失礼します」
トレイを持って頭を下げる千尋のつむじを見る。
つむじまでかわいいと思ってしまう自分は相当重症ではないだろうか。
副社長の予定が合い、当日中に、奏恵から聞き取り調査を行えることとなった。
突然、会議室に呼びだされた奏恵は訝しむような顔で席に着く。
「さて、呼びだされた理由はわかるかな」
「いえ……わかりません」
奏恵はこの場にいるのが、大和だけではないからか、いつもよりもしおらしい。
しかし、機密文書を外部に流出させた件を伝えると、勝ち誇ったような顔をした。
まさか、これから自分が解雇処分となるなんて思ってもいないのだろう。
「私はなにも知りません」