無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
副社長や人事部長も奏恵の態度に呆れを禁じ得ない様子だ。
法務部長に至っては、憤懣遣る方なしといった様子である。
「その時間、パソコンの前に君しかいないのが監視カメラに映ってるんだよ。そして君が送ったデータは、我が社の機密文書だ。秘書室は経営企画部から送られてきた経営戦略の立案をまとめて役員に提出するのも仕事だ。データにはパスワードがかかっているが、私怨で流出させていいものではない」
副社長に言われて、初めて監視カメラの存在を知ったのか、奏恵の顔が悔しげに歪む。
そして今にも射殺しそうな目で大和を睨んだ。
「勤務態度について何度も改善指導が行われているな?」
人事部長も顔を険しくさせて言った。
「この場を設けたのは、君に一応は弁明の機会を与えるためだ。俺と君が顔を合わせることは二度とない。なにか言い分があるならこれが最後の機会となる」
大和の言葉に、奏恵はギリギリと音が立ちそうなほど歯を食いしばった。そして大和を憎々しげに睨みつける。
「……せっかく私が結婚してあげるって言ってるのに、美人でもないどこにでもいるような女と結婚するからでしょう! 私がどれだけ屈辱を受けたと思って……」
「くだらない。言うことがそれだけなら、そのやかましい口を閉じろ」
大和は奏恵の言葉を遮るように言葉を発した。
「なぜ、俺が声を聞くだけで苦痛を覚える君と結婚せねばならない。俺は千尋以外の女と結婚するつもりはない。いいか、会社に損害を与えた今回の問題は到底放置できるものではない。理由がそれだけならば、解雇通知が送られるまで自宅待機を命ずる、以上だ」
「な……っ」
このご時世、部下に対して怒鳴り声を上げるのも、暴言を吐くのも、当然、御法度である。
だから大和も、奏恵にどれだけ苛立っていようとも、コンプライアンスに則り注意に留めていた。
しかし、どうあっても人の言葉が通じない相手には、怒りを抑えなくともいいのではないかという気にさせられる。
奏恵は無言で立ち上がり、強く握った手をぶるぶると震わせた。
恨みを募らせた幽鬼のような奏恵の顔に、大和は目を細める。
ここまで言っても反省の色が見られないのなら、やはりなにを言っても無駄だろう。
奏恵を見送ることはせず、時間をおいて役員たちも立ち上がる。時間を取ってくれた副社長に礼を言って、執務室に戻った。
椅子に腰を下ろし、自分で発した言葉を反芻した。
「千尋以外の女と結婚するつもりはない、か」
きっと自分は、千尋じゃないとダメなのだろう。
千尋はきっと、早くこの契約結婚を終わらせたいと思っているはず。でも大和はこの契約結婚を終わらせたくない。
彼女の気持ちを自分に向けたい。元恋人を忘れさせてやりたい。
どうすればいいかわからなくとも、諦められるものではないらしい。
(早く家に帰りたい)
仕事人間だった自分が、そんなふうに思うなんて。
千尋と一緒にあの家に帰る。いつの間にか、あの家を心地いいと思うようになっていることを、大和はようやく自覚するのだった。
第六章 本当の妻にしてください
大和からコーヒーを頼まれたため席を外し、秘書室に戻ってくると、閉じたはずのパソコンが不自然に開いていた。
千尋はちらりと隣の席を見る。
奏恵は、午前中は男性秘書と楽しそうにおしゃべりに興じていたのに、一転して不機嫌な顔で千尋を睨んでいる。
(また、私のパソコンにさわろうとしたの?)
秘書室にいるのは雑用の仕事しか与えられていない奏恵と、その奏恵のせいで今日の大和のスケジュール調整を余儀なくされ、事務仕事をせざるを得ない千尋だけ。
千尋は気づかなかったふりをして、ロックを解除する。
パスワードを打つ千尋の手を隣から奏恵がじっと見ていることに気づき、やはりと嘆息が漏れた。
かなりの長文にしたため、こちらの手を撮影でもしていない限り、突破されることはないだろう。
(でも、いくらパスワードが思いつかなかったからって、あれはないわ)
大和はパソコンの画面を見ていなかったから、気づかなかっただろうが、今の千尋のパスワードは『yamatosantokekkondekitesiawase』だ。
(大和さんと結婚できて幸せ……なんて、口で言えないからって)
自分で設定しておいてなんだが、大和にだけは知られたくない。
(この件が片付いたら、パスワードは元に戻そう……)
千尋が隣の奏恵を見据えると、奏恵はあからさまに目を逸らして、男性秘書から渡された書類のファイリングを始める。
奏恵が処罰がどの程度になるかはわからないが、最低でも諭旨解雇、下手をしたら懲戒解雇となる可能性もある。
いずれにしても、奏恵がこの会社にいられるのも時間の問題。
(そうしたら、私の契約結婚も必要なくなる)
法務部長に至っては、憤懣遣る方なしといった様子である。
「その時間、パソコンの前に君しかいないのが監視カメラに映ってるんだよ。そして君が送ったデータは、我が社の機密文書だ。秘書室は経営企画部から送られてきた経営戦略の立案をまとめて役員に提出するのも仕事だ。データにはパスワードがかかっているが、私怨で流出させていいものではない」
副社長に言われて、初めて監視カメラの存在を知ったのか、奏恵の顔が悔しげに歪む。
そして今にも射殺しそうな目で大和を睨んだ。
「勤務態度について何度も改善指導が行われているな?」
人事部長も顔を険しくさせて言った。
「この場を設けたのは、君に一応は弁明の機会を与えるためだ。俺と君が顔を合わせることは二度とない。なにか言い分があるならこれが最後の機会となる」
大和の言葉に、奏恵はギリギリと音が立ちそうなほど歯を食いしばった。そして大和を憎々しげに睨みつける。
「……せっかく私が結婚してあげるって言ってるのに、美人でもないどこにでもいるような女と結婚するからでしょう! 私がどれだけ屈辱を受けたと思って……」
「くだらない。言うことがそれだけなら、そのやかましい口を閉じろ」
大和は奏恵の言葉を遮るように言葉を発した。
「なぜ、俺が声を聞くだけで苦痛を覚える君と結婚せねばならない。俺は千尋以外の女と結婚するつもりはない。いいか、会社に損害を与えた今回の問題は到底放置できるものではない。理由がそれだけならば、解雇通知が送られるまで自宅待機を命ずる、以上だ」
「な……っ」
このご時世、部下に対して怒鳴り声を上げるのも、暴言を吐くのも、当然、御法度である。
だから大和も、奏恵にどれだけ苛立っていようとも、コンプライアンスに則り注意に留めていた。
しかし、どうあっても人の言葉が通じない相手には、怒りを抑えなくともいいのではないかという気にさせられる。
奏恵は無言で立ち上がり、強く握った手をぶるぶると震わせた。
恨みを募らせた幽鬼のような奏恵の顔に、大和は目を細める。
ここまで言っても反省の色が見られないのなら、やはりなにを言っても無駄だろう。
奏恵を見送ることはせず、時間をおいて役員たちも立ち上がる。時間を取ってくれた副社長に礼を言って、執務室に戻った。
椅子に腰を下ろし、自分で発した言葉を反芻した。
「千尋以外の女と結婚するつもりはない、か」
きっと自分は、千尋じゃないとダメなのだろう。
千尋はきっと、早くこの契約結婚を終わらせたいと思っているはず。でも大和はこの契約結婚を終わらせたくない。
彼女の気持ちを自分に向けたい。元恋人を忘れさせてやりたい。
どうすればいいかわからなくとも、諦められるものではないらしい。
(早く家に帰りたい)
仕事人間だった自分が、そんなふうに思うなんて。
千尋と一緒にあの家に帰る。いつの間にか、あの家を心地いいと思うようになっていることを、大和はようやく自覚するのだった。
第六章 本当の妻にしてください
大和からコーヒーを頼まれたため席を外し、秘書室に戻ってくると、閉じたはずのパソコンが不自然に開いていた。
千尋はちらりと隣の席を見る。
奏恵は、午前中は男性秘書と楽しそうにおしゃべりに興じていたのに、一転して不機嫌な顔で千尋を睨んでいる。
(また、私のパソコンにさわろうとしたの?)
秘書室にいるのは雑用の仕事しか与えられていない奏恵と、その奏恵のせいで今日の大和のスケジュール調整を余儀なくされ、事務仕事をせざるを得ない千尋だけ。
千尋は気づかなかったふりをして、ロックを解除する。
パスワードを打つ千尋の手を隣から奏恵がじっと見ていることに気づき、やはりと嘆息が漏れた。
かなりの長文にしたため、こちらの手を撮影でもしていない限り、突破されることはないだろう。
(でも、いくらパスワードが思いつかなかったからって、あれはないわ)
大和はパソコンの画面を見ていなかったから、気づかなかっただろうが、今の千尋のパスワードは『yamatosantokekkondekitesiawase』だ。
(大和さんと結婚できて幸せ……なんて、口で言えないからって)
自分で設定しておいてなんだが、大和にだけは知られたくない。
(この件が片付いたら、パスワードは元に戻そう……)
千尋が隣の奏恵を見据えると、奏恵はあからさまに目を逸らして、男性秘書から渡された書類のファイリングを始める。
奏恵が処罰がどの程度になるかはわからないが、最低でも諭旨解雇、下手をしたら懲戒解雇となる可能性もある。
いずれにしても、奏恵がこの会社にいられるのも時間の問題。
(そうしたら、私の契約結婚も必要なくなる)