無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
千尋も隣に座り、大和と共にメニューを眺める。
隣だと常に肩や腕が触れあっているような距離感で落ち着かないが、大和の一挙手一投足に動揺する顔を見られずに済む。
肉料理や前菜を頼み、料理に合う赤ワインを店員に選んでもらい注文を済ませた。グラスに赤ワインが注がれ乾杯をする。
「君とここに来たのは三度目だな」
「そういえばそうですね。大和さんは以前から?」
「ここだけではないが、うちが関わったエリアの商業施設にはよく足を運ぶようにしてる。どういう場所に人が集まるのかや、人の流れが停滞しているところを知れば、次にも活かせるだろう?」
「それ、マーケティングリサーチの一環じゃないですか。仕事好きなんですね」
「好き? いや、与えられた仕事をこなしているだけだ」
「でも、楽しそうですよ?」
千尋が言うと、大和は心底意外な顔をしてまじまじとこちらを見た。
そこまで表情が変わるわけではなくとも、このレストランが入る商業ビルを見上げているときの大和はどことなく誇らしげに見えた。
「俺が?」
「好きじゃなきゃ、わざわざ足を運びませんし」
「あぁ、そうか……そうだな」
大和は納得したように頷くと、顎に手をあてた。
(私と過ごす時間も、好きになってほしい……なんて贅沢よね)
仕事は好きだとしても、こういう店で女性と酒を飲み、乾杯をして話に花を咲かせるなんて、きっと彼にとっては無駄な時間なのだろう。
「私が一緒にいて、邪魔じゃないですか?」
酒の勢いもあって聞くと、大和から返されたのは意外な答えだった。
「妻を邪魔だなんて言うわけがないだろう」
どうやらまだ仲睦まじい夫婦の演技は続いていたらしいと知り、千尋は苦笑した。
いくらなんでもこの店にうちの社員はいないと思う。
「君は?」
グラスを傾けながら耳を傾けていると、大和が案じるようにこちらをじっと見つめた。見透かすようなその目に射貫かれて、心臓の音が跳ね上がる。
「どうなんだ? 俺がいて一緒にいて、邪魔に思わないか?」
「思うわけ、ないです。嫌なら一緒に食事になんて来ません」
「そうか」
大和は視線をカウンターに戻し、それきり会話が止まる。
千尋もグラスを傾けながら、今の質問の意図を考えるが、彼がなにを思うかなどわかるはずもなかった。
「……別れ話に君が傷ついていないと決めつけて、悪かった」
「え?」
唐突な話についていけず、秀旭との別れ話だと理解するまでに時間を要した。
「君を、俺と同じように恋愛に意味を見いだせない女性だと思い込んで、契約結婚を申し出ただろう。あのとき千尋は、愛し愛される関係になりたいと言っていたのに」
「そうですね……」
「今でも、気持ちは変わらないか?」
「はい」
千尋は彼を真っ直ぐに見つめて頷いた。たとえ大和の愛が欲しいとは言えなくとも、彼を愛する気持ちを嘘だと思ってほしくなかった。
「そうか」
ちょうど料理が運ばれてきて、ふたたび会話が止まった。
オードブルがふたり分カウンターに並んだ。
そういえば、別れ話をしたあの夜も同じような料理を食べたはずだが、味など全然覚えていない。
「あ、おいしい」
思わず口元に手をあてて言うと、大和もフォークを口に運んだ。
「どうしてだろうな。同じものを食べていても、君と一緒だとおいしいと思える」
ひとりきりの食事は味気ない。いつものお惣菜でも、大和と向かい合って食べた日はおいしく感じたものだ。
大和が同じように感じてくれたことが嬉しくて、千尋は頬を綻ばせた。
カウンターにカットされたステーキが並び、カゴに入ったパンが真ん中に置かれる。
話が弾みはしないものの、時折、ぽつぽつと話す彼の声は、耳心地がいい。
「先程の話だが……愛するとは相手を尊重し、大切に慈しむことなのではないかと俺は思う。少なくとも、俺はそうしたい……いや、そうするつもりでいる」
大和はなにかを決意したように固い声で言った。
血の気が引いたように、頭の中が真っ白になる。
その言い方ではまるで、大和に愛する人がいると言っているようではないか。
恋愛に興味はないと言っていたのに。
なるべく長く契約結婚を続けたいと言っていたのに、もう終わりが来るのだろうか。
「好きな人が……いるんですか?」
千尋は声が震えないようにそう言うのが精一杯だった。
「あぁ」
短く返された言葉に衝撃を覚える。膝の上に置いた手を強く握り、ショックに耐えるも、浮ついていた気持ちが一瞬で消え去り、目の奥が熱く痺れる。
カウンター席でよかった。浮かんだ涙を見られずに済む。
きっとこれから千尋は、契約結婚の終わりを突きつけられるのだろう。仕方がない。奏恵の件も片がつき、大和に愛する相手ができたのなら。
隣だと常に肩や腕が触れあっているような距離感で落ち着かないが、大和の一挙手一投足に動揺する顔を見られずに済む。
肉料理や前菜を頼み、料理に合う赤ワインを店員に選んでもらい注文を済ませた。グラスに赤ワインが注がれ乾杯をする。
「君とここに来たのは三度目だな」
「そういえばそうですね。大和さんは以前から?」
「ここだけではないが、うちが関わったエリアの商業施設にはよく足を運ぶようにしてる。どういう場所に人が集まるのかや、人の流れが停滞しているところを知れば、次にも活かせるだろう?」
「それ、マーケティングリサーチの一環じゃないですか。仕事好きなんですね」
「好き? いや、与えられた仕事をこなしているだけだ」
「でも、楽しそうですよ?」
千尋が言うと、大和は心底意外な顔をしてまじまじとこちらを見た。
そこまで表情が変わるわけではなくとも、このレストランが入る商業ビルを見上げているときの大和はどことなく誇らしげに見えた。
「俺が?」
「好きじゃなきゃ、わざわざ足を運びませんし」
「あぁ、そうか……そうだな」
大和は納得したように頷くと、顎に手をあてた。
(私と過ごす時間も、好きになってほしい……なんて贅沢よね)
仕事は好きだとしても、こういう店で女性と酒を飲み、乾杯をして話に花を咲かせるなんて、きっと彼にとっては無駄な時間なのだろう。
「私が一緒にいて、邪魔じゃないですか?」
酒の勢いもあって聞くと、大和から返されたのは意外な答えだった。
「妻を邪魔だなんて言うわけがないだろう」
どうやらまだ仲睦まじい夫婦の演技は続いていたらしいと知り、千尋は苦笑した。
いくらなんでもこの店にうちの社員はいないと思う。
「君は?」
グラスを傾けながら耳を傾けていると、大和が案じるようにこちらをじっと見つめた。見透かすようなその目に射貫かれて、心臓の音が跳ね上がる。
「どうなんだ? 俺がいて一緒にいて、邪魔に思わないか?」
「思うわけ、ないです。嫌なら一緒に食事になんて来ません」
「そうか」
大和は視線をカウンターに戻し、それきり会話が止まる。
千尋もグラスを傾けながら、今の質問の意図を考えるが、彼がなにを思うかなどわかるはずもなかった。
「……別れ話に君が傷ついていないと決めつけて、悪かった」
「え?」
唐突な話についていけず、秀旭との別れ話だと理解するまでに時間を要した。
「君を、俺と同じように恋愛に意味を見いだせない女性だと思い込んで、契約結婚を申し出ただろう。あのとき千尋は、愛し愛される関係になりたいと言っていたのに」
「そうですね……」
「今でも、気持ちは変わらないか?」
「はい」
千尋は彼を真っ直ぐに見つめて頷いた。たとえ大和の愛が欲しいとは言えなくとも、彼を愛する気持ちを嘘だと思ってほしくなかった。
「そうか」
ちょうど料理が運ばれてきて、ふたたび会話が止まった。
オードブルがふたり分カウンターに並んだ。
そういえば、別れ話をしたあの夜も同じような料理を食べたはずだが、味など全然覚えていない。
「あ、おいしい」
思わず口元に手をあてて言うと、大和もフォークを口に運んだ。
「どうしてだろうな。同じものを食べていても、君と一緒だとおいしいと思える」
ひとりきりの食事は味気ない。いつものお惣菜でも、大和と向かい合って食べた日はおいしく感じたものだ。
大和が同じように感じてくれたことが嬉しくて、千尋は頬を綻ばせた。
カウンターにカットされたステーキが並び、カゴに入ったパンが真ん中に置かれる。
話が弾みはしないものの、時折、ぽつぽつと話す彼の声は、耳心地がいい。
「先程の話だが……愛するとは相手を尊重し、大切に慈しむことなのではないかと俺は思う。少なくとも、俺はそうしたい……いや、そうするつもりでいる」
大和はなにかを決意したように固い声で言った。
血の気が引いたように、頭の中が真っ白になる。
その言い方ではまるで、大和に愛する人がいると言っているようではないか。
恋愛に興味はないと言っていたのに。
なるべく長く契約結婚を続けたいと言っていたのに、もう終わりが来るのだろうか。
「好きな人が……いるんですか?」
千尋は声が震えないようにそう言うのが精一杯だった。
「あぁ」
短く返された言葉に衝撃を覚える。膝の上に置いた手を強く握り、ショックに耐えるも、浮ついていた気持ちが一瞬で消え去り、目の奥が熱く痺れる。
カウンター席でよかった。浮かんだ涙を見られずに済む。
きっとこれから千尋は、契約結婚の終わりを突きつけられるのだろう。仕方がない。奏恵の件も片がつき、大和に愛する相手ができたのなら。