無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
 玖代ファクトリーでは、椎名ではなく玖代の名前で仕事をしている。というのも、大和が自分の妻だと知らしめたいと言うからだ。

彼が案外嫉妬深いのも、この一年半で知った。

 父と兄が一職人として勤務することになったため、商品についてをよく知り、職人との連携を図れる社員として千尋が選ばれたのだ。

 家族が大切にしていた会社だ。自分の子どもや孫世代にまで語り継がれる会社にするため、できればその手伝いをしたい。

 大和にそれを言えば、千尋の出向手続きをすぐさま取ってくれた。

「やっぱり玖代ファクトリーの玩具は温もりがある。もう量産体制は整っているんだろう? 可能ならうちにもぜひ置いてほしい。玖代の名前でブランド力も十分だろう。きっと消費者に受け入れられるはずだよ」

 後藤の話に千尋は目を潤ませ、頷いた。

「ありがとうございます。商品に自信はありますが、後藤社長にそう言っていただけると安心します」

「玖代さんは、今ももぐもぐ食堂には行っている?」

「えぇ、夫と一緒に土日のどちらかだけ手伝いに」
「ご主人と?」

 千尋は自分の夫が玖代不動産の専務取締役だと伝えた。大和はもぐもぐ食堂に個人的に寄付をしている。後藤はそれを知っており、合点がいったような顔をした。

「そうか、助かるよ。無理のない範囲でね」
「はい、楽しんでやっていることですから」

 千尋が言うと、後藤は満足そうに頷いた。




 梅雨が明け、眩しいほどの日射しが照りつける季節となった。

 千尋はウェディングドレスに身を包み、バージンロードを歩く。

 隣には号泣する父の姿。神父の近くには同じく涙を流す母と兄がいる。新郎側には玖代グループの重役たち。その中に大和の両親の姿もあった。

 社長夫妻は、大和から聞いていたとおり、挙式への参列さえ仕事の一環と捉えている感じがして、親子というより上司と部下に思えた。

 大和が傷ついているのではないかと、千尋はハラハラしながら親子の会話を見守っていたのだが、彼はなんでもないことのように言った。

『家族は、千尋がいればそれでいい』

 千尋は、もっと、もっとこの人に幸せをあげようと決意した。

 大和のもとに歩いていくと、父の手が離された。
 大和から手が伸ばされて、彼の手を掴む。
 賛美歌の斉唱が行われている間、千尋はそっと大和の耳に口を寄せた。

「大和さんと結婚できて、幸せです」

 どうして今、と大和が首を傾げるが、千尋がふふっと小さく笑うと、笑みを返す。

 そういえばパソコンのパスワードも変えずにそのままだ。

 もう打ち慣れてしまったその文字を思い出し、千尋は笑みを深めたのだった。

 了



< 42 / 42 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:79

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

執着系御曹司は最愛の幼馴染みを離さない
  • 書籍化作品

総文字数/18,677

恋愛(純愛)13ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
《本作はベリーズ文庫2026年2月刊として発売予定です》 ※第一章までの試し読みであることをご承知おきください ☆あらすじ☆ 「なに? もっとやらしいことしたい? いいよ、夫婦なんだし。する?」 ***** 杏は名波家の代々仕える使用人の孫娘。 仕えるべき相手、3歳上の名波悠真は、幼馴染みとして杏を妹同然に思ってくれている。 幼馴染みとして彼のそばにいればいるほど、好きな気持ちは止められなくなる。 しかし、亡くなった祖父母からは〝悠真様との立場の違い〟をずっと聞かされて育った。 悠真の立場を知れば知るほど、自分では悠真に相応しくないと思い知らされる。 恋が叶わなくとも、家族としてそばにいられればいい。 そう思っていた。 そんな時、悠真の大学の同級生である美月が、悠真との結婚を伝えてきて、杏はついに悠真から離れる決意をする。 そして5年後、絶望に暮れていた杏を救ったのは幼馴染みの悠真で。 悠真は杏に契約結婚の提案をしてくる 「俺と結婚してくれないか?契約結婚でいい」 ***** 百々路 杏 27歳 祖父母の教育により使用人根性が染み付いている。 家事はお手のもの。 × 名波 悠真 30歳 大手ゼネコンである名波創建CEO 名波グループ跡継ぎ
表紙を見る 表紙を閉じる
高校生だった私──松原瑠衣は、 近隣の国立大学に通う学生、 久我貴一に一目惚れをした。 何度かの偶然が重なり、 ファストフード店で 貴一さんに勉強を教わることに。 もしかしたら、 彼も私を好きでいてくれるかも。 けれど、そんな期待は長くは続かず、 貴一さんは夏休み明け、 突然、店に来なくなってしまう。 私は貴一さんとの縁を切りたくなくて、 意を決して 告白メッセージを送る。 でも、返事はなかった。 それから十年。 ストーカー被害に苦しむ私は、 貴一さんと再会。 昔の告白なんてなかったように、 優しく甘く接してくる貴一さんに、 私の恋心はあっけなく復活してしまう。 一度私を振ったくせに、 どうして好きだなんて言うの──!? エリート警察官僚 久我 貴一(31) × 幼稚園教諭 松原 瑠衣(27)
エリート弁護士の執着愛

総文字数/27,425

恋愛(オフィスラブ)17ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
第1回 ベリーズ文庫デビュー応援コンテスト 大賞受賞しました! 応援してくださった皆さま ありがとうございます! あらすじ 幼馴染みである太一に 〝豚〟と呼ばれて失恋した私。 太一を見返すためだけに 十年かけてダイエットに成功。 それなのに、 十年ぶりに会ったあいつは、 私を〝ブタ実〟と呼んだ。 馴染みのバーでくだを巻いている私に、 男性が声をかけてきた。 「なら、君のイケメンの恋人に俺がなってもいいはずだよな」と。 一夜かぎりの身体の関係を持ってしまったが、 彼はなぜか私を溺愛してくる。 初めて会ったはずなのに、 私の好きなブランドや 行きつけの店を知っているのは なぜですか──!? 弁護士事務所で働く事務員 仙崎育実 二十八歳 × 海外帰りのエリート弁護士 久能優一 三十二歳

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop