無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
 仕事において態度が事務的なのは自覚している。雰囲気が怖いよと同僚に言われたこともあるから、大和が誤解するのもわからないでもないが。

(この人と仕事としてたらそうなって当然でしょ! だって、プライベートの話なんて皆無よ! 常にピリピリしてるんだから! 私だって本当は上司ときゃっきゃうふふで仕事したいわよ!)

 万が一にもあり得ないが、大和と結婚したら気が休まる場所がないではないか。

「カムフラージュとして一緒に暮らしてもらうが、家事のいっさいをする必要はないし、家賃や光熱費の支払いもいらない。当然、子を作る必要もないぞ?」
「ですから無理です。お断りさせていただきます」
「なぜ?」

 千尋がもう一度はっきり断ると、大和が驚いた顔をする。

 どうして断られないと思っていたのだろう。

 仕事として大和と一緒に生活するなんて、考えただけで恐ろしいのに。二十四時間緊張状態でいろとでも言うのだろうか。

「それなりの条件だと思うが。ほかになにが必要だ?」
「そういうことではありません。お言葉ですが専務は勘違いなさっておいでです。私は愛し愛される結婚がしたいんです。残念ながら振られてしまいましたが、彼と結婚するつもりで付き合っていました」

 秀旭への恋は少しずつ積み重ねてきたものだから、燃え上がるほど熱くなるような恋ではなかったが、彼と結婚し夫婦になる日を千尋はこれでも夢に見ていた。

「愛し愛される結婚を君が望んでいるようには見えなかった」
「そう見えなくとも、望んでいましたよ。専務がこんな馬鹿げた提案をしてこなかったら、今頃ひとりで泣いていました」

 馬鹿げた提案だと嫌味たっぷりに言っても、大和は肩を竦めるばかり。

 大和のせいで今は涙ひとつ出ないが、あのまま家に帰っていたら、きっといつまでもぐじぐじといじけていたに違いないから、その点だけはよかったと言えるかもしれないが、大和に感謝をする気にはとてもなれない。

「好きでもない男と別れて、君は泣くのか?」
「好きでもない男って……」

 心底わからないと言いたげに告げられて、そこまで愛がないように見えたのかと、千尋はがっくりと肩を落とす。

「……もういいです」

 涙は出ずとも、疲れはピークに達している。

 それに、秀旭に失恋したことを『ちょうどいい』などと言いたくないが、正直、今は恋愛にかまけている時間がない。

 千尋はなんとか父の会社を存続させたい。これから会社を背負う兄の力になりたかった。今日は秀旭にまたしばらく会えないと伝えようと思っていたところだったのだ。

「玖代専務は私になんて興味がないでしょうけど、うちの両親、とっても仲がいいんです。

 そんなふたりを見て育ちましたから、私も両親のような結婚がしたいと思っています。

 ですから契約結婚は無理です。私と結婚したいなら、私を愛してからプロポーズでもしてください。

 専務のご期待に添えなかったようで申し訳ありません。では、私はこれで」

 そんな日は来ないでしょうけど、と暗に言い含めると、伝票を手に立ち上がった。

「待て」

 すると、向かい側から腕が伸ばされ、手首を掴まれる。

「まだなにか?」
「なら、君のお父上の会社を助けてやると言ったら?」
「え……」

 どうして椎名家の事情を大和が知っているのか。秀旭にさえ話していないし、会社でクマトイファクトリーの名前を出した覚えもない。

「結婚する相手の家を調べないわけがないだろう」

 千尋の疑問を察したように大和が言った。

 いったい大和はいつから千尋を結婚相手に望んでいたのだろう。今日、会ったのは偶然だろうが、千尋と秀旭の別れ話を聞いたからではないのはたしかだ。

「調べてって……」

 千尋はこくりとつばを呑み込んだ。

 まさか大和がそこまで真剣に千尋との結婚を考えているなんて思いもしなかったのだ。

 手を振り払おうと思っても、予想外に強い力で掴まれていて振りほどけない。

 仕事でもこうと決めたことを譲らないタイプなのは知っていたが、大和の中で千尋との結婚はすでに決定事項らしいと知り、暑くもないのに背中を汗が伝った。

「恋人への態度を見て、俺の勘はあたったと思ったよ。やはり君以外は考えられない。俺との結婚を承諾するなら、椎名のお父上の会社を助けてやる。困っているだろう? 金も出すし知恵も出す」

 彼の口の端がほんの少し上がる。感情を滅多に出さない男だが、それなりに喜怒哀楽があるようだと気づいた。

(本気なの!?)

 大和の目を見て、逃れられないと悟った。

 仕事のやり方をそばで見ていて、甘い男ではないと知っているから、大和がこうと決めたなら、千尋がどれだけ拒絶しようと結婚は決まったも同然。

 千尋はすでに大和に目をつけられていたらしい。
 ならば彼は、千尋が頷くまであの手この手で言いくるめてくる。
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