無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
聞き間違いなはずはない。大和の声はいつだって玲瓏に真っ直ぐ響く。
冗談なはずもない。そもそも彼が冗談を言うところなんて想像もつかない。
「結婚相手……っ!?」
数秒ほど経って、驚きによる衝撃が来た。
結婚相手の理想に近いから千尋と結婚したいと言っているのは間違いないだろうが、普段の彼を見ていて、その言葉を信じられるはずもない。
「恋愛せずに結婚してくれるちょうどいい相手を探していたんだ。君はその相手として俺の理想だ。だから俺と結婚してほしい」
人生で一度は言われてみたい言葉。『俺と結婚してほしい』を、まさかこれほど事務的に言われる日が来るとは思わなかった。
「冗談ですよね?」
冗談ではないだろうと考えながらも念のために聞いたのは、大和の口から「冗談だ」と天地がひっくり返っても出ないような言葉が出るのを、わずかに期待していたからだ。
「俺が冗談を言うと思うか?」
「思いません」
「君は恋愛に興味がないんだろう? 俺もだ。好きだのなんだのという気持ちは一種のまやかしでしかないと思っている」
「そうとは、言い切れないのでは?」
「熱した鉄と同じで、いっとき燃え上がるほど熱くなっても、周囲の環境や温度によってすぐに冷める。君だって、だから別れたんだろう?」
「そう、ですね」
大和の言うとおり彼への熱が冷めてしまったせいで口には出せないが、鉄だってずっと熱し続ければ、熱いままだ。
千尋の両親はまさしくそれで、結婚して何十年経ってもラブラブである。千尋もそういう結婚がしたいと密かに夢に見ていた。大和からはそう見えなかったようだが。
「専務の恋愛観に関しては理解しましたが、それでどうして結婚なんでしょうか。独身でいればいいだけでは?」
「この地位にいると、結婚を世話したがる人がやたらと寄ってくる。親戚だからと、父を通してうちの会社の秘書室に送り込まれたりな。社長である父が人事に口を利いている以上、俺の判断で断るのは難しい。そばで仕事をしている君ならわかるだろう?」
「あぁ……矢木《やぎ》さんですか」
大和は重く頷いた。
矢木奏恵《かなえ》は、一ヶ月ほど前に秘書室に入ってきた女性だ。
『あなたが私の夫になる男ね。見た目は合格よ』
入社して初日、大和に向かって奏恵が発した言葉である。
奏恵の父は玖代グループのひとつで重役を務めており、大和の父とも懇意だそうだ。
奏恵はもともと彼女の父の会社で勤務していた。しかしそこで、まるで奏恵自身が役員であるかのように振る舞っていたという。
父親としては、娘の言うことは聞いてあげたいが、次から次へと面倒を起こされてはたまらなかった。
ならば、結婚させ家庭に入れてしまえばいいと考えたらしい。
その結果、親戚である大和の父を頼り、年の頃の合う大和が相手として選ばれた。つまり大和は、彼女の父親から都合よく奏恵の世話を押しつけられたのだ。
大和は当然、彼女を拒絶しているが、これほど話の通じない人間がいるかと驚くほどおめでたいわがままお嬢様なのだ。
(なんであの人がうちには入れたのか疑問だったけど……そういうことだったのね)
被害を受けているのは大和だけではない。自分を含めた秘書室の同僚たちもであった。
無断欠勤、遅刻、早退は当たり前。
仕事を渡してもメールひとつまともに打てず、やり方を教えようとすれば帰ってしまう。
父の偉功を笠に着てさも自分が偉いかのように振る舞う。苦言を呈したところで、本人は堪えていない。
大和と結婚し、家庭に入るまでの腰掛けとしか思っていないのだろう。
本人にはこの一ヶ月再三注意し改善を促したようだが、彼女は変わらない。
退職を促すも、イコール大和と結婚だと思っており、遅刻や早退、欠勤については『具合が悪かった』と言われてしまえば、会社側から解雇を通告するのは難しい。
「俺はああいう話の通じない女性がとことん苦手でな」
「そうでしょうね」
大和は心底疲れたように言った。
奏恵の性格を知る千尋としてもその気持ちは理解できるが、どうして失恋したばかりの自分が、彼の結婚相談に乗っているのかが理解できない。
「忙しい中、矢木にこれ以上煩わされたくない」
「だから……ご自分が結婚してしまえばいい、と?」
「君は話が早くて助かる。そうだ。だが誰でもいいわけじゃない。できれば仕事として妻をしてくれる女性がいい。俺にまったく興味がなく、幸せな結婚を夢見るタイプでもない。契約結婚の相手として椎名以上の逸材はいない」
「私に契約で結婚しろと?」
「あぁ」
「私があなたに興味がなく、幸せな結婚を夢に見るタイプの女でもないから?」
「そうだ」
「お断りします」
千尋は、彼の言葉をバッサリと切って捨てた。
冗談なはずもない。そもそも彼が冗談を言うところなんて想像もつかない。
「結婚相手……っ!?」
数秒ほど経って、驚きによる衝撃が来た。
結婚相手の理想に近いから千尋と結婚したいと言っているのは間違いないだろうが、普段の彼を見ていて、その言葉を信じられるはずもない。
「恋愛せずに結婚してくれるちょうどいい相手を探していたんだ。君はその相手として俺の理想だ。だから俺と結婚してほしい」
人生で一度は言われてみたい言葉。『俺と結婚してほしい』を、まさかこれほど事務的に言われる日が来るとは思わなかった。
「冗談ですよね?」
冗談ではないだろうと考えながらも念のために聞いたのは、大和の口から「冗談だ」と天地がひっくり返っても出ないような言葉が出るのを、わずかに期待していたからだ。
「俺が冗談を言うと思うか?」
「思いません」
「君は恋愛に興味がないんだろう? 俺もだ。好きだのなんだのという気持ちは一種のまやかしでしかないと思っている」
「そうとは、言い切れないのでは?」
「熱した鉄と同じで、いっとき燃え上がるほど熱くなっても、周囲の環境や温度によってすぐに冷める。君だって、だから別れたんだろう?」
「そう、ですね」
大和の言うとおり彼への熱が冷めてしまったせいで口には出せないが、鉄だってずっと熱し続ければ、熱いままだ。
千尋の両親はまさしくそれで、結婚して何十年経ってもラブラブである。千尋もそういう結婚がしたいと密かに夢に見ていた。大和からはそう見えなかったようだが。
「専務の恋愛観に関しては理解しましたが、それでどうして結婚なんでしょうか。独身でいればいいだけでは?」
「この地位にいると、結婚を世話したがる人がやたらと寄ってくる。親戚だからと、父を通してうちの会社の秘書室に送り込まれたりな。社長である父が人事に口を利いている以上、俺の判断で断るのは難しい。そばで仕事をしている君ならわかるだろう?」
「あぁ……矢木《やぎ》さんですか」
大和は重く頷いた。
矢木奏恵《かなえ》は、一ヶ月ほど前に秘書室に入ってきた女性だ。
『あなたが私の夫になる男ね。見た目は合格よ』
入社して初日、大和に向かって奏恵が発した言葉である。
奏恵の父は玖代グループのひとつで重役を務めており、大和の父とも懇意だそうだ。
奏恵はもともと彼女の父の会社で勤務していた。しかしそこで、まるで奏恵自身が役員であるかのように振る舞っていたという。
父親としては、娘の言うことは聞いてあげたいが、次から次へと面倒を起こされてはたまらなかった。
ならば、結婚させ家庭に入れてしまえばいいと考えたらしい。
その結果、親戚である大和の父を頼り、年の頃の合う大和が相手として選ばれた。つまり大和は、彼女の父親から都合よく奏恵の世話を押しつけられたのだ。
大和は当然、彼女を拒絶しているが、これほど話の通じない人間がいるかと驚くほどおめでたいわがままお嬢様なのだ。
(なんであの人がうちには入れたのか疑問だったけど……そういうことだったのね)
被害を受けているのは大和だけではない。自分を含めた秘書室の同僚たちもであった。
無断欠勤、遅刻、早退は当たり前。
仕事を渡してもメールひとつまともに打てず、やり方を教えようとすれば帰ってしまう。
父の偉功を笠に着てさも自分が偉いかのように振る舞う。苦言を呈したところで、本人は堪えていない。
大和と結婚し、家庭に入るまでの腰掛けとしか思っていないのだろう。
本人にはこの一ヶ月再三注意し改善を促したようだが、彼女は変わらない。
退職を促すも、イコール大和と結婚だと思っており、遅刻や早退、欠勤については『具合が悪かった』と言われてしまえば、会社側から解雇を通告するのは難しい。
「俺はああいう話の通じない女性がとことん苦手でな」
「そうでしょうね」
大和は心底疲れたように言った。
奏恵の性格を知る千尋としてもその気持ちは理解できるが、どうして失恋したばかりの自分が、彼の結婚相談に乗っているのかが理解できない。
「忙しい中、矢木にこれ以上煩わされたくない」
「だから……ご自分が結婚してしまえばいい、と?」
「君は話が早くて助かる。そうだ。だが誰でもいいわけじゃない。できれば仕事として妻をしてくれる女性がいい。俺にまったく興味がなく、幸せな結婚を夢見るタイプでもない。契約結婚の相手として椎名以上の逸材はいない」
「私に契約で結婚しろと?」
「あぁ」
「私があなたに興味がなく、幸せな結婚を夢に見るタイプの女でもないから?」
「そうだ」
「お断りします」
千尋は、彼の言葉をバッサリと切って捨てた。