過去で君に恋をした~32歳で死ぬ君を救うために

第11章 別れの予感

翌日の休み時間、凛は悠真を秘密基地に誘った。
「悠真くん、昨日の話なんだけど」
二人は、段ボールの基地の中に座っている。
「うん」
悠真は、凛を見た。
「もっと詳しく教えて欲しいの」
凛は、真剣な顔で言った。
悠真は、少し考えてから頷いた。
「何が知りたい?」
「薬の名前。もう一度、教えて」
凛は、震える声で尋ねた。
悠真は、目を閉じて思い出そうとしている。
「えっと……メディ……」
悠真は、額に手を当てた。
「メディ……なんとか。はっきりとは覚えてないんだ。ごめん」
凛は、息を呑んだ。
メディ。
やっぱり、メディアジールだ。
凛は、血の気が引くのを感じた。
手が、冷たくなる。
「凛ちゃん?」
悠真が、心配そうに凛を見た。
「大丈夫?」
凛は、慌てて笑顔を作った。
「うん、大丈夫」
でも、心臓は激しく鳴っている。
凛は、深呼吸をした。
落ち着かなきゃ。
「他に、何か覚えてることはある?」
凛は、できるだけ平静を装って尋ねた。
悠真は、また考えた。
「日記には、たくさんの人が苦しんでるって書いてあった」
「たくさんの人?」
「うん。その薬を飲んだ人たちが、いろんな症状で苦しんでるって」
凛は、あの副作用報告書を思い出した。
89件。
いや、もっとあるかもしれない。
データの空白。
隠蔽されている症例。
「どんな症状?」
凛は、さらに尋ねた。
悠真は、困ったように眉をひそめた。
「えっと……めまいとか、頭痛とか。あと、もっとひどい症状もあるって」
凛は、唇を噛んだ。
やっぱり。
あの報告書に書いてあった症状と、同じだ。
「悠真くん、その日記、まだ持ってるの?」
凛は、思わず尋ねた。
悠真は、首を振った。
「ううん。読んだ後、また元の場所に戻したんだ。タンスの奥に」
「そっか……」
凛は、少しがっかりした。
でも、日記を見たところで、どうにもならない。
ここは過去だ。
未来の日記なんて、存在しないはずだ。
不思議なことだらけだ。
凛は、頭を振った。
今は、それを考えてる場合じゃない。
「ありがとう、悠真くん。教えてくれて」
凛は、悠真の手を握った。
「必ず、何とかするから」
悠真は、安心したように笑った。
「うん。凛ちゃんを信じてる」

凛は、さらに尋ねた。
「その薬を作った会社の名前は、わかる?」
悠真は、首を横に振った。
「会社の名前は、日記には書いてなかった」
凛は、少し落胆した。
でも、予想はしていた。
「でも……」
悠真は、何か思い出そうとしている。
「大きな製薬会社だって、書いてあった気がする」
大きな製薬会社。
エクセリア製薬は、日本でも有数の大手だ。
凛は、確信に近いものを感じた。
自分の会社だ。
間違いない。
メディアジール。
副作用報告書。
89件の症例。
そして、悠真の未来。
全部、繋がっている。
凛は、拳を握りしめた。
「凛ちゃん、手、震えてるよ」
悠真が、心配そうに凛の手を見ている。
凛は、慌てて手を膝の上に置いた。
「ごめん。ちょっと、寒くて」
嘘だ。
震えてるのは、怒りと恐怖のせいだ。
自分の会社が、悠真を殺す。
そして、他にもたくさんの人を苦しめる。
凛は、唇を噛んだ。
許せない。
でも、今の自分には、何もできない。
ここは過去だ。
子供の体だ。
現代に戻らなければ、何もできない。
凛は、焦りを感じた。
どうやって戻るんだろう。
あの引き出しは、ここにはない。
凛は、深呼吸をした。
落ち着け。
きっと、戻る方法はある。
あのメールの差出人は、戻る方法も教えてくれるはずだ。
「凛ちゃん、本当に大丈夫?」
悠真が、もう一度尋ねた。
凛は、笑顔を作った。
「大丈夫。心配しないで」
悠真は、まだ心配そうな顔をしている。
凛は、悠真を抱きしめた。
「ありがとう、悠真くん。大切なことを教えてくれて」
悠真は、少し驚いたようだったが、すぐに凛を抱き返した。
「凛ちゃん、頑張ってね」
「うん」
凛は、目を閉じた。
必ず、現代に戻る。
そして、悠真を救う。
この約束は、絶対に守る。
凛は、心に誓った。

その日の夜、凛は布団の中で目を開けていた。
天井を見つめる。
現代に戻らなきゃ。
そう思った。
でも、どうやって?
あの引き出しは、ここにはない。
現代の自分の部屋にしかない。
凛は、焦りを感じた。
もし、戻れなかったら?
ずっと、ここにいることになったら?
悠真を救えない。
メディアジールの副作用を止められない。
たくさんの人が、苦しむことになる。
凛は、布団を握りしめた。
でも、同時に、別の感情も湧いてきた。
悠真と離れたくない。
この幸せな時間が、終わってほしくない。
凛は、矛盾した感情に揺れていた。
戻らなきゃいけない。
でも、まだいたい。
悠真の笑顔が、浮かんでくる。
一緒に遊んだこと。
秘密基地での会話。
駄菓子屋でのおしゃべり。
全部、愛おしい思い出。
凛は、目を閉じた。
涙が、溢れてきた。
声を出さないように、口を手で覆う。
泣きたくない。
でも、涙が止まらない。
悠真と、もうすぐ別れなきゃいけない。
それが、辛い。
凛は、枕に顔を埋めた。
静かに、泣いた。
しばらくして、凛は顔を上げた。
涙を拭く。
泣いてる場合じゃない。
悠真を救うために、現代に戻らなきゃいけない。
それが、一番大事なこと。
凛は、深呼吸をした。
必ず、戻る。
そして、必ず、悠真を救う。
凛は、決意を新たにした。
でも、その決意と同時に、寂しさも募っていった。
凛は、また目を閉じた。
眠れない夜が、続いた。

翌日、凛は悠真と一緒に遊ぶことにした。
最後かもしれない。
そう思うと、胸が痛かった。
「今日は、何して遊ぶ?」
悠真が、嬉しそうに聞いてきた。
「鬼ごっこしようよ」
凛は、笑顔で答えた。
「いいね!」
悠真は、他の友達も呼んで、みんなで鬼ごっこをした。
校庭を走り回る。
笑い声が響く。
凛も、笑っていた。
でも、心は痛かった。
この時間が、終わってしまう。
もうすぐ、別れなきゃいけない。
「凛ちゃん、捕まえた!」
悠真が、凛にタッチした。
「あー、捕まっちゃった」
凛は、笑った。
でも、その笑顔の裏で、涙が溢れそうになっていた。
鬼ごっこが終わると、今度はかくれんぼをした。
凛は、木の陰に隠れた。
悠真が、「もういいかい」と叫んでいる。
凛は、静かに息を潜めた。
この時間を、忘れたくない。
悠真の声。
友達の笑い声。
この温かい空気。
全部、心に刻みつけたい。
「見つけた!」
悠真が、凛を見つけた。
「やっぱり、悠真くんは上手だね」
凛は、笑顔で言った。
悠真も、嬉しそうに笑った。
遊びが終わると、二人は秘密基地に戻った。
「今日は、楽しかったね」
悠真が、笑顔で言った。
「うん、楽しかった」
凛も、笑顔で答えた。
でも、心の中では、別れが近づいているのを感じていた。
凛は、悠真の顔を見つめた。
この顔を、忘れたくない。
この笑顔を、忘れたくない。
「凛ちゃん、どうしたの?」
悠真が、不思議そうに凛を見た。
「ううん、何でもない」
凛は、首を振った。
「ただ、悠真くんと遊べて、嬉しいなって思っただけ」
悠真は、照れくさそうに笑った。
「僕も、凛ちゃんと遊ぶの、大好きだよ」
凛は、胸が熱くなった。
ありがとう。
心の中で、呟いた。
ありがとう、悠真くん。
この時間を、絶対に忘れない。

夕暮れ時、凛と悠真は帰路についた。
オレンジ色の空。
二人の影が、長く伸びている。
「凛ちゃん」
悠真が、急に立ち止まった。
「うん?」
凛も、立ち止まって悠真を見た。
悠真は、少し寂しそうな顔をしていた。
「凛ちゃん、どこか行っちゃうの?」
凛は、ドキッとした。
「え?」
「なんか、最近、悲しそうな顔してるから」
悠真は、凛を見つめた。
「どこか、遠くに行っちゃうんじゃないかって」
凛は、言葉に詰まった。
どう答えればいい?
本当のことは、言えない。
「ううん」
凛は、首を振った。
「どこにも行かないよ」
嘘だ。
でも、言うしかない。
悠真は、まだ不安そうな顔をしていた。
「ずっと、友達だよね」
悠真が、小さく言った。
凛は、涙がこみ上げてきた。
でも、こらえた。
「うん」
凛は、笑顔を作った。
「ずっと、友達だよ」
悠真は、少し安心したように笑った。
「よかった」
凛は、悠真の頭を撫でた。
「心配しないで」
二人は、また歩き始めた。
凛は、涙をこらえながら、前を向いた。
ごめんね、悠真くん。
嘘をついて、ごめんね。
でも、必ず、あなたを救うから。
約束は、守るから。
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