過去で君に恋をした~32歳で死ぬ君を救うために

第4章 謎のメール

3日後、凛は退院することになった。
朝、看護師が病室に来て、退院の手続きについて説明してくれた。
「お大事にしてくださいね」
看護師は笑顔で言った。
「無理しないでください。体が資本ですから」
凛は頷いた。
「ありがとうございました」
荷物をまとめ、病室を出る。
廊下を歩く。病院の匂いが、鼻につく。
会計を済ませ、病院の外に出た。
久しぶりの外の空気。
でも、心は晴れない。
凛はスマホを取り出し、メールをチェックした。
会社からのメールが届いている。
「水瀬さん、体調はいかがですか? 無理せず、しっかり休んでください。復帰の目処が立ったら、ご連絡ください」
田中部長からのメールだった。
表面上は優しい言葉。
でも、凛には、その裏にある意味がわかる。
早く戻ってこい。仕事が溜まっている。
凛はスマホをポケットにしまい、駅へ向かった。
電車に乗る。窓の外の景色を、ぼんやりと眺める。
自宅に着くと、凛はドアを開け、部屋に入った。
変わらない部屋。何もない、静かな部屋。
凛は荷物を置き、ソファに座った。
これから、どうすればいいんだろう。
医師は休養を勧めた。でも、会社はそれを許してくれるだろうか。
凛は、深いため息をついた。
その日の夜、凛は布団に入った。
疲れているはずなのに、眠れない。
時計を見る。午後11時45分。
凛はスマホを手に取り、ニュースサイトを開いた。
適当に記事を読み流す。
そのうち眠くなるかもしれない。
そう思っていた時、スマホが震えた。
メールの通知。
凛は、通知をタップした。
差出人は、表示されていない。
件名もない。
ただ、本文だけがある。
凛は、メールを開いた。
「あなたの代わりを1週間します。今なら限定ガチャで好きな過去に戻れます」
凛は、画面を凝視した。
何、これ?
迷惑メール?
でも、普通の迷惑メールとは、何か違う。
凛はスクロールした。
メールの下部には、写真が添付されている。
凛は、その写真を開いた。
画面に映ったのは、自分のデスク。
エクセリア製薬のオフィス。
凛の席。
パソコン。書類の山。そして、凛が使っているマグカップ。
ピンク色のマグカップ。側面には、小さな花の模様。
凛は、息を呑んだ。
これ……今日、撮られた写真?
でも、私は入院していた。会社には行っていない。
凛は、写真を拡大した。
デスクの上の書類。そこには、日付が印刷されている。
今日の日付だ。
凛の心臓が、早鐘を打ち始めた。
どういうこと?
誰が、この写真を撮ったの?
凛は、再びメールの本文を読んだ。
「あなたの代わりを1週間します」
代わり?
「今なら限定ガチャで好きな過去に戻れます」
過去に戻る?
凛は、メールを閉じようとした。
でも、手が止まった。
写真が、あまりにもリアルだった。
凛は、もう一度写真を見た。
マグカップ。書類。パソコン。
全部、本物だ。
凛は、ベッドから起き上がった。
これは、悪質な迷惑メールに違いない。
誰かが、私の情報を盗んで、こんなメールを送ってきたんだ。
凛は、メールを削除しようとした。
でも、指が、削除ボタンに触れる直前で止まった。
写真を、もう一度見る。
マグカップの位置。
書類の配置。
パソコンのキーボードの角度。
全部、完璧だ。
凛は、自分のデスクの写真を、スマホの中から探した。
以前、何かの時に撮った写真があったはずだ。
見つけた。
2ヶ月前に撮った、デスクの写真。
凛は、二つの写真を見比べた。
マグカップの位置が、違う。
書類の配置も、違う。
パソコンの横に置いてある小物も、違う。
つまり、この写真は、今日撮られたもの。
でも、私は会社にいなかった。
じゃあ、誰が?
凛は、深呼吸をした。
落ち着け。
これは、何かのいたずらだ。
でも、誰が、こんなことを?
凛は、メールに返信することにした。
「誰ですか?」
短い文章を打ち、送信ボタンを押した。
送信完了。
凛は、スマホを握りしめたまま、画面を見つめた。
返信が来るだろうか。
1分。
2分。
3分。
何も来ない。
凛は、ため息をついた。
やっぱり、いたずらか。

翌朝、凛は目を覚ました。
スマホを見ると、午前8時。
昨夜、結局返信は来なかった。
凛は、ベッドから起き上がり、洗面所へ向かった。
顔を洗い、鏡を見る。
少しは顔色が良くなったかもしれない。
凛は、キッチンでコーヒーを淹れた。
ソファに座り、スマホを手に取る。
メールをチェックしようとした時、通知が入った。
また、あの差出人不明のメールだ。
凛は、恐る恐るメールを開いた。
「代理人、本日より勤務開始しました。ご確認ください」
本文は、それだけ。
その下に、また写真が添付されている。
凛は、写真を開いた。
画面に映ったのは、会議室。
長テーブルの周りに、何人かが座っている。
田中部長。佐々木。そして……。
凛は、画面を凝視した。
自分がいる。
会議室のテーブルに座り、資料を見ている、自分が。
凛は、写真を拡大した。
その人物の顔。髪型。服装。
全部、自分と同じだ。
いや、違う。自分じゃない。でも、そっくりだ。
凛は、時計を見た。
午前8時35分。
写真の右下には、タイムスタンプが表示されている。
午前8時33分。
つまり、この写真は、2分前に撮られたもの?
凛は、立ち上がった。
ありえない。
私は、ここにいる。会議室になんていない。
でも、写真には、自分がいる。
凛は、手が震えるのを感じた。
背筋が、冷たくなる。
これは、何?
誰が、こんなことを?
凛は、再び写真を見た。
会議室の様子。テーブル。椅子。ホワイトボード。
全部、エクセリア製薬のオフィスだ。
そして、そこにいる自分。
凛は、メールに返信しようとした。
でも、何を書けばいいのかわからない。
これは何ですか?
なぜ、私がそこにいるんですか?
あなたは誰ですか?
疑問が、次々と浮かんでくる。
凛は、結局、返信せずにメールを閉じた。
ソファに座り、深呼吸をする。
落ち着け。
これは、何かのトリックだ。
合成写真か、何かだ。
でも……。
凛は、もう一度写真を見た。
あまりにも、リアルすぎる。

午後になって、また通知が入った。
凛は、スマホを手に取った。
また、あの差出人不明のメールだ。
今度は何?
凛は、メールを開いた。
「本日の業務報告です」
本文の下には、詳細な報告が記載されていた。
「午前8時:出社。メールチェック」
「午前8時30分:営業部との会議。メディアジールの販売戦略について確認」
「午前10時:SNSモニタリング。批判コメントへの対応完了」
「午前11時:田中部長と面談。次回プロモーション企画について協議」
凛は、その報告を読みながら、言葉を失った。
完璧だ。
業務の内容。時間配分。全部、凛がいつもやっている通りだ。
いや、むしろ、凛よりも効率的かもしれない。
凛は、スマホを握りしめた。
もし、本当なら……。
もし、本当に、誰かが私の代わりに会社で働いているなら……。
凛は、メールの返信欄を開いた。
震える手で、文字を打ち始める。
「もし、本当に代わりに働いてくれるなら……過去に戻してください」
消す。
また打つ。
「小学2年生の5月に戻りたい」
凛は、その文章を見つめた。
送信していいのか。
これは、何かの罠かもしれない。
でも……。
凛は、送信ボタンを押した。
送信完了。
凛は、すぐに後悔した。
何やってるんだ、私。
こんなわけのわからないメールに、返信して。
凛は、スマホを投げ出した。
ソファに倒れ込み、天井を見上げる。
疲れてる。
きっと、疲れてるから、こんな変なことをしてしまうんだ。
凛は、目を閉じた。
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