過去で君に恋をした~32歳で死ぬ君を救うために

第6章 光の中へ

凛は、深呼吸をした。
一度。
二度。
三度。
心臓が、激しく鳴っている。
手が、震えている。
でも、もう迷わない。
凛は、引き出しをゆっくりと引いた。
ガタリ、という音。
引き出しが、開いていく。
その瞬間。
引き出しの中から、眩い光が溢れ出た。
凛は、目を細めた。
まぶしい。
あまりにも、まぶしい。
光が、部屋中に広がる。
凛は、後ろに下がろうとした。
でも、体が動かない。
光に、引き寄せられている。
足が、床から浮いた。
凛は、驚いて声を上げようとした。
でも、声が出ない。
体が、光の中に吸い込まれていく。
引き出しが、大きくなる。
いや、自分が小さくなっているのか。
わからない。
凛は、手を伸ばした。
何かに掴まろうとする。
でも、何もない。
ただ、光だけ。
体が、完全に浮いた。
重力がない。
上下の感覚もない。
ただ、光の中を、漂っている。
凛は、目を閉じた。
怖い。
何が起こっているのか、わからない。
悲鳴を上げる間もなく、凛の体は光に包まれた。

光の中。
凛は、目を開けた。
でも、何も見えない。
ただ、白い。
真っ白な空間。
上も下も、右も左もない。
時間の感覚もない。
ただ、白い。
風のような音が、聞こえる。
ヒュー、ヒュー。
でも、風は吹いていない。
凛は、体を動かそうとした。
でも、動かない。
ただ、何かに運ばれているような感覚。
その時、目の前に、映像が浮かんだ。
母の笑顔。
若い頃の母。
凛を抱きしめている。
「凛ちゃん、大好きよ」
母の声が、聞こえる。
映像が、切り替わる。
小学校の校庭。
青い空。白い雲。
凛が、友達と一緒に遊んでいる。
鬼ごっこ。
笑い声。
また映像が切り替わる。
教室。
先生の声。
黒板に書かれた文字。
ノートに字を書いている、小さな手。
映像が、次々と流れる。
走馬灯のように。
子供の頃の記憶。
楽しかった日々。
幸せだった日々。
凛は、涙が溢れそうになった。

突然、光が消えた。
凛は、目を開けた。
晴れ渡った空。
白い綿雲。
鳥の鳴き声。
凛は、立っていた。
地面に、足がついている。
凛は、周りを見渡した。
校庭。
小学校の校庭。
鉄棒。砂場。ジャングルジム。
懐かしい景色。
凛は、自分の手を見た。
小さい。
手が、小さい。
指も、細い。
凛は、自分の体を見下ろした。
小さな体。
ランドセルを背負っている。
赤いランドセル。
制服を着ている。
小学校の制服。
凛は、自分の髪を触った。
短い。子供の頃の髪型。
鏡を見なくても、わかる。
私、小さくなってる。
子供の体になっている。
凛は、深呼吸をした。
空気が、新鮮だ。
懐かしい匂い。
土の匂い。草の匂い。
凛は、校庭をゆっくりと歩いた。
鉄棒に触れる。冷たい鉄の感触。
砂場を見る。誰かが作った山が、残っている。
ジャングルジムに近づく。赤と黄色のカラフルな色。
全部、覚えている。
ここで、遊んだ。
友達と、笑い合った。
凛は、校舎を見上げた。
2階建ての校舎。
窓から、教室が見える。
あの教室で、勉強した。
先生に、怒られた。
友達と、おしゃべりした。
凛は、胸が熱くなるのを感じた。
本当に、戻ってきた。
小学2年生の頃に。
あの、幸せだった日々に。
凛は、空を見上げた。
青い空。白い雲。
太陽が、優しく照らしている。
涙が、溢れてきた。
でも、今度は悲しい涙じゃない。
嬉しい涙。
凛は、笑った。
久しぶりに、心から笑った。

その時、背後から声がした。
「凛ちゃん!」
凛は、振り返った。
校庭の向こうから、一人の少年が走ってくる。
小さな体。短い髪。
少年は、凛の前で立ち止まった。
息を切らしながら、笑顔を向けてくる。
「凛ちゃん、やっと見つけた!」
凛は、その少年を見つめた。
見覚えがある。
この顔。
この声。
宮下悠真。
凛の頭の中で、何かが引っかかった。
この名前。
どこかで聞いたことがある気がする。
でも、思い出せない。
大人の記憶が、ぼんやりとしている。
過去に戻ってきたせいだろうか。
凛は、少し混乱した。
でも、目の前にいるのは、子供の悠真だ。
小学2年生の悠真。
内気そうで、でも優しそうな目をしている。
「凛ちゃん? どうしたの?」
悠真が、不思議そうに凛を見ている。
凛は、首を振った。
「ううん、何でもない」
凛は、笑顔を作った。
悠真は、安心したように笑った。
「よかった。変な顔してたから、心配しちゃった」
悠真は、凛の手を取った。
「ねえ、一緒に遊ぼう! 鬼ごっこしようよ」
凛は、悠真の手を見た。
小さな手。温かい手。
凛は、その手を握り返した。
「うん」
悠真は、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、みんなを呼んでくるね!」
悠真は、そう言って走り出した。
凛は、その背中を見つめた。

悠真が、何人かの友達を連れて戻ってきた。
「凛ちゃん、みんな集まったよ!」
子供たちが、凛の周りに集まる。
懐かしい顔。
名前も、思い出せる。
「じゃあ、鬼ごっこしよう!」
誰かが言った。
「凛ちゃんが鬼ね!」
悠真が、笑いながら言った。
「えー!」
凛は、子供らしく抗議した。
でも、心の中では、嬉しかった。
みんなが、笑顔だ。
楽しそうだ。
「いいよ、鬼やる!」
凛は、そう言った。
「じゃあ、10数えるから、逃げて!」
凛は、目を閉じて、数え始めた。
「いーち、にー、さーん……」
子供たちの足音が、バラバラと遠ざかっていく。
笑い声が、校庭に響く。
凛は、目を開けた。
「じゅう! もういいかい!」
「もういいよー!」
あちこちから、声が返ってくる。
凛は、走り出した。

チャイムが鳴った。
休み時間の終わりを告げる音。
「あー、もう終わりかー」
悠真が、残念そうに言った。
「また、放課後遊ぼうね」
凛は、息を切らしながら答えた。
「うん!」
悠真は、凛の手を取った。
「教室、戻ろう」
二人は、手を繋いで校舎へ向かった。
廊下を歩く。
上履きの音が、コツコツと響く。
教室に入る。
黒板。木の机。椅子。
チョークの匂い。
教科書の匂い。
全部、懐かしい。
凛は、自分の席に座った。
机の上には、ノートと筆箱。
ノートを開くと、子供の字で、何かが書かれている。
凛の字。
子供の頃の、凛の字。
凛は、ノートを閉じた。
本当に、戻ってきたんだ。
小学2年生の頃に。
涙が、また溢れそうになった。
でも、凛は笑顔を作った。
悠真が、隣の席から話しかけてくる。
「凛ちゃん、次の授業、算数だよ」
「うん、知ってる」
凛は、笑顔で答えた。
「一緒に頑張ろうね」
「うん、頑張ろう!」
凛は、心の中で呟いた。
ありがとう。
この時間をくれて、ありがとう。
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