過去で君に恋をした~32歳で死ぬ君を救うために

第7章 懐かしい校庭

凛は、席に座り、周りを見渡した。
教室には、25人ほどの子供たちがいる。
みんな、懐かしい顔。
前の席に座っている女の子。
髪を二つに結んでいる。名前は、川井ゆみ。
いつも明るくて、よく笑う子だった。
後ろの席に座っている男の子。
メガネをかけている。名前は、望月けんた。
算数が得意で、よく凛に教えてくれた。
窓際の席に座っている女の子。
おとなしくて、いつも本を読んでいる。名前は、鈴木あやか。
凛の親友だった。
凛は、一人一人の顔を見ていった。
みんな、覚えている。
みんな、大切な友達だった。
その時、教室の扉が開いた。
吉岡先生が入ってくる。
30代くらいの女性の先生。優しい顔。
凛は、吉岡先生を見て、胸が温かくなった。
この先生、大好きだった。
いつも優しくて、怒る時も、ちゃんと理由を説明してくれた。
「はい、皆さん、席について」
吉岡先生の声が、教室に響く。
ざわざわしていた教室が、静かになる。
子供たちが、それぞれの席に座る。
凛も、姿勢を正した。
「今日は、算数のテストを返します」
吉岡先生は、手に持った紙の束を見せた。
「みんな、よく頑張りましたね。でも、間違えたところは、ちゃんと復習してくださいね」
吉岡先生は、一人一人の席を回りながら、テストを配っていく。
凛の席にも、吉岡先生が来た。
「凛ちゃん、100点よ。すごいわね」
吉岡先生は、笑顔でテストを渡してくれた。
凛は、テストを受け取った。
100点。
赤いマルがいっぱい。
花マルもついている。
凛は、嬉しかった。
子供の頃の、純粋な嬉しさ。
「ありがとうございます」
凛は、小さく答えた。
吉岡先生は、頭を撫でてくれた。
「これからも頑張ってね」
温かい手。
優しい声。
凛は、涙が出そうになった。
でも、こらえた。
隣を見ると、悠真もテストを受け取っている。
悠真のテストには、85点と書かれている。
悠真は、少し残念そうな顔をしている。
凛は、小声で話しかけた。
「悠真くん、85点すごいじゃん」
悠真は、顔を上げた。
「でも、100点じゃないから……」
「大丈夫だよ。次、頑張ればいいんだよ」
凛は、笑顔で言った。
悠真は、少し笑った。
「うん。ありがとう、凛ちゃん」
凛は、悠真の横顔を見つめた。
優しい子。
真面目な子。
凛は、胸が温かくなった。
この子と一緒にいると、心が穏やかになる。
大人の世界で失っていた、何か大切なものを思い出させてくれる。
この時間が、ずっと続けばいいのに。
そう思った。

休み時間になった。
チャイムが鳴り、子供たちが席を立つ。
ざわざわと、教室が賑やかになる。
凛も、席を立とうとした時、悠真が話しかけてきた。
「ねえ、凛ちゃん」
「うん?」
凛は、悠真を見た。
「秘密基地、知ってる?」
悠真は、少し恥ずかしそうに聞いてきた。
「秘密基地?」
凛は、首を傾げた。
記憶を探る。
秘密基地……。
ああ、思い出した。
校庭の隅にある、大きな木の下。
そこに、段ボールで作った小さな基地があった。
「知ってるよ」
凛は、笑顔で答えた。
悠真は、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、一緒に行こう! 今日、新しいもの持ってきたんだ」
悠真は、凛の手を引いた。
二人は、教室を出て、校庭へ向かった。
校庭の隅。
大きな木の下。
その木の根元に、段ボールで作った小さな基地がある。
入口には、「ひみつきち」と、子供の字で書かれた紙が貼ってある。
悠真は、基地の中に入った。
「凛ちゃんも、入って」
凛は、少し屈んで、基地の中に入った。
中は、意外と広い。
二人が座れるくらいのスペース。
床には、古い毛布が敷いてある。
壁には、子供の絵が貼ってある。
「ここ、僕の宝物の場所なんだ」
悠真は、嬉しそうに言った。
「誰にも教えてないんだ。凛ちゃんだけだよ」
凛は、悠真を見た。
「どうして、私に?」
悠真は、少し考えてから答えた。
「凛ちゃんは、特別だから」
「特別?」
「うん。凛ちゃんは、優しいし、一緒にいると楽しいから」
悠真は、恥ずかしそうに笑った。
凛は、胸が温かくなった。
「ありがとう」
悠真は、ポケットから何かを取り出した。
小さな貝殻。
「これ、海で拾ったんだ。きれいでしょ?」
悠真は、貝殻を凛に見せた。
白くて、小さくて、きれいな貝殻。
凛は、貝殻を手に取った。
「きれい」
凛は、貝殻を光にかざした。
薄っすらと、虹色に光る。
「これ、僕の一番の宝物なんだ」
悠真は、真剣な顔で言った。
凛は、貝殻を悠真に返した。
「大切にしてね」
「うん」
悠真は、貝殻を大切そうに、ポケットにしまった。
二人は、しばらく秘密基地の中で、おしゃべりをした。
学校のこと。
好きな食べ物のこと。
将来の夢のこと。
凛は、悠真の話を聞きながら、幸せを感じていた。
この時間が、ずっと続けばいいのに。
そう思った。

放課後になった。
凛と悠真は、教室で荷物をまとめていた。
ランドセルに教科書を詰める。
筆箱を入れる。
二人は、一緒に教室を出ようとした時、吉岡先生が声をかけてきた。
「凛ちゃん、悠真くん」
二人は、振り返った。
吉岡先生が、優しい笑顔で立っている。
「二人とも、とっても仲良しね」
吉岡先生は、微笑んだ。
凛と悠真は、顔を見合わせた。
少し恥ずかしい。
「いつも一緒にいるものね。素敵なことよ」
吉岡先生は、二人に近づいた。
「友達って、大切なものよ。これからも、仲良くしてね」
「はい」
凛と悠真は、同時に答えた。
吉岡先生は、二人の頭を撫でた。
「困ったことがあったら、いつでも相談してね。先生は、いつでもみんなの味方だから」
吉岡先生の手は、温かかった。
声も、優しかった。
凛は、その優しさに、胸がいっぱいになった。
この優しさ。
この温かさ。
大人になって、忘れていた。
でも、今、思い出した。
子供の頃、こんなに優しくされていたんだ。
こんなに、守られていたんだ。
凛は、涙がこみ上げてきた。
でも、こらえた。
泣いたら、変に思われる。
「ありがとうございます」
凛は、小さく答えた。
吉岡先生は、もう一度微笑んだ。
「じゃあ、気をつけて帰ってね」
「はい」
二人は、教室を出た。

凛と悠真は、通学路を一緒に歩いた。
校門を出て、住宅街を通る道。
二人は、並んで歩いている。
「今日、楽しかったね」
悠真が言った。
「うん、楽しかった」
凛は、笑顔で答えた。
「明日も、一緒に遊ぼうね」
「うん」
しばらく歩くと、道が二手に分かれる場所に着いた。
凛の家と、悠真の家は、別の方向だ。
「じゃあ、ここでバイバイだね」
悠真が言った。
「うん」
凛は、悠真を見た。
悠真は、笑顔で手を振っている。
「また明日ね!」
「うん、また明日」
凛も、手を振った。
悠真は、走って行った。
その背中が、だんだん小さくなっていく。
凛は、その場に立ち尽くしていた。
手を振りながら、心の中で呟いた。
この時間は、永遠じゃない。
いつか、私は現代に戻らなきゃいけない。
この幸せな時間も、いつか終わる。
凛は、手を下ろした。
空を見上げる。
夕焼けが、空を赤く染めている。
オレンジ色の空。
そこに、雲が流れている。
美しい景色。
でも、切ない。
凛は、家に向かって歩き始めた。
夕焼けの中を、一人で歩く。
影が、長く伸びている。
凛は、振り返った。
悠真の姿は、もう見えない。
凛は、また前を向いた。
この時間を、大切にしよう。
一日一日を、大切にしよう。
そう心に決めた。
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