過去で君に恋をした~32歳で死ぬ君を救うために
第9章 正義の心
朝の会が始まる前、吉岡先生が教室に入ってきた。
「はい、みんな席について」
吉岡先生の後ろに、見知らぬ女の子がいる。
小さな体。下を向いている。
クラスが、ざわついた。
「今日から、みんなのクラスに新しいお友達が来ました」
吉岡先生は、女の子の背中に手を置いた。
「自己紹介してくれるかな」
女の子は、顔を上げた。
でも、すぐにまた下を向く。
「た、田村ゆいです」
小さな声。
「よろしく……お願いします」
言葉が、途切れる。
クラスの中から、くすくすと笑い声が聞こえた。
凛は、その笑い声に眉をひそめた。
田村ゆい。
おどおどしている。
緊張しているのが、見てわかる。
吉岡先生は、笑顔で言った。
「田村さんは、お父さんの仕事の都合で引っ越してきました。みんな、仲良くしてあげてね」
「はーい」
クラスの何人かが、元気よく答えた。
でも、凛には、その返事が上辺だけのように聞こえた。
田村ゆいは、空いている席に座った。
窓際の一番後ろの席。
凛の席からは、少し離れている。
凛は、ゆいを見た。
ゆいは、下を向いて顔を隠している。
凛は、胸が痛んだ。
転校生。
新しい環境。
知らない人ばかり。
孤独だろうな。
凛も、大人になってから、何度も孤独を感じてきた。
だから、わかる。
あの子の気持ちが。
休み時間になった。
クラスメイトたちは、それぞれグループで話している。
でも、誰もゆいに話しかけない。
ゆいは、一人で席に座ったままだった。
休み時間、凛はゆいに話しかけようと席を立った。
でも、その時、何かが起こっていた。
ゆいが、下駄箱のところで立ち尽くしている。
凛は、近づいた。
「どうしたの?」
ゆいは、顔を上げた。
目が赤い。
泣いている。
「う、上履きが……ない」
ゆいの声は、震えていた。
凛は、下駄箱を見た。
空っぽだ。
「探そう」
凛は、周りを見回した。
その時、教室の向こうから、笑い声が聞こえた。
凛は、そちらを見た。
男の子が3人、固まって笑っている。
その中の一人、山田けいすけが、何かを手に持っている。
上履き。
ゆいの上履きだ。
凛は、怒りがこみ上げてきた。
いじめ。
許せない。
凛は、山田たちのところへ歩いていった。
「それ、返して」
凛は、山田の前に立った。
山田は、凛を見て、にやにや笑った。
「何のこと?」
「その上履き。田村さんのでしょ」
「知らないよ」
山田は、上履きを背中に隠した。
周りの子供たちも、笑っている。
凛は、一歩前に出た。
「いじめは、卑怯だよ」
凛の声は、低かった。
大人の凛の声。
山田は、少し怯んだ。
「べ、別にいじめてないし」
「じゃあ、なんで隠してるの?」
凛は、山田の目をじっと見つめた。
山田は、目を逸らした。
「……遊んでただけ」
「遊び? 田村さん、泣いてるよ。それでも遊びなの?」
凛の言葉に、周りが静まった。
誰も、何も言わない。
凛は、手を差し出した。
「返して」
山田は、しばらく迷っていたが、結局、上履きを凛に渡した。
「……はい」
凛は、上履きを受け取った。
そして、ゆいのところへ戻った。
「はい」
ゆいに上履きを渡す。
ゆいは、涙を拭いながら、上履きを受け取った。
「ありがとう……」
小さな声。
凛は、ゆいの頭を撫でた。
「大丈夫。もう大丈夫だから」
ゆいは、こくりと頷いた。
凛は、山田たちを振り返った。
彼らは、ばつが悪そうに立っている。
「もし、これが自分だったら? どう思う?」
凛は、問いかけた。
山田は、何も答えなかった。
でも、その表情には、何か考えているものがあった。
その時、悠真が駆け寄ってきた。
「凛ちゃん、何があったの?」
凛は、悠真に説明した。
悠真は、ゆいを見て、それから山田たちを見た。
「ひどいよ、そんなの」
悠真は、ゆいに向き直った。
「僕たち、友達になろう」
悠真は、笑顔でゆいに手を差し出した。
ゆいは、驚いたように悠真を見た。
「本当に……?」
「うん! 凛ちゃんも、僕も、みんな友達だよ」
悠真の言葉に、ゆいの目に涙が溢れた。
でも、今度は嬉しい涙だ。
「ありがとう……」
ゆいは、悠真の手を握った。
山田たちは、しばらく黙っていたが、一人が口を開いた。
「……ごめん」
山田けいすけが、小さく言った。
「田村さん、ごめんなさい」
他の二人も、続いて謝った。
ゆいは、驚いて彼らを見た。
「もう、しないから」
山田は、そう言って頭を下げた。
凛は、彼らを見て、少しほっとした。
子供は、素直だ。
ちゃんと伝えれば、わかってくれる。
ゆいは、小さく頷いた。
「うん……」
その後、休み時間の残りの時間、凛と悠真はゆいと一緒に過ごした。
教室の隅で、三人でおしゃべりをした。
ゆいは、少しずつ笑顔を取り戻していった。
「前の学校では、どんなことして遊んでたの?」
悠真が、ゆいに聞いた。
「えっと……鬼ごっことか」
ゆいは、恥ずかしそうに答えた。
「じゃあ、今度一緒に鬼ごっこしようよ」
悠真は、嬉しそうに言った。
「うん」
ゆいは、笑顔で頷いた。
凛は、その様子を見て、微笑んだ。
よかった。
ゆいに、友達ができた。
チャイムが鳴り、授業が始まった。
授業が終わると、悠真が凛のところに来た。
「凛ちゃんってすごいね」
悠真は、目を輝かせて言った。
「え?」
凛は、驚いた。
「さっきの、すごかった。山田くんたちに、ちゃんと言えて」
「別に、普通のことだよ」
凛は、照れくさそうに答えた。
「ううん、すごいよ。凛ちゃん、大人みたい」
悠真の言葉に、凛はドキッとした。
大人みたい。
そう、私は大人だから。
でも、それは言えない。
「そんなことないよ」
凛は、笑って答えた。
「ただ、田村さんが困ってたから、助けただけ」
悠真は、凛をじっと見つめた。
「でも、やっぱりすごいよ。僕も、凛ちゃんみたいになりたいな」
凛は、胸が温かくなった。
悠真の純粋な目。
尊敬の眼差し。
凛は、悠真の頭を撫でた。
「悠真くんも、ちゃんと田村さんに優しくしてたよ。それで十分だよ」
悠真は、嬉しそうに笑った。
下校の時間になった。
凛と悠真は、一緒に校門を出た。
「今日は、いい日だったね」
悠真が、笑顔で言った。
「うん」
凛は、頷いた。
「田村さん、笑ってくれて嬉しかった」
悠真は、空を見上げた。
「困ってる人を助けるって、気持ちいいね」
悠真の言葉に、凛は驚いた。
困ってる人を助けるって、気持ちいい。
そんな風に、素直に思えるんだ。
大人の凛は、困ってる人を助けたいと思っても、いろいろな理由で躊躇してしまう。
会社のため。
自分の立場のため。
でも、悠真は違う。
ただ、純粋に、困ってる人を助けたいと思う。
それだけ。
凛は、悠真を見た。
「そうだね」
凛は、笑顔で答えた。
「困ってる人を助けるって、気持ちいいよね」
悠真は、嬉しそうに笑った。
凛は、心の中で思った。
この子の優しさの原点を、見た気がする。
この優しさを、失わせたくない。
この笑顔を、守りたい。
二人は、並んで歩いた。
夕日が、二人を照らしている。
温かい光。
凛は、この瞬間を、心に刻んだ。
「はい、みんな席について」
吉岡先生の後ろに、見知らぬ女の子がいる。
小さな体。下を向いている。
クラスが、ざわついた。
「今日から、みんなのクラスに新しいお友達が来ました」
吉岡先生は、女の子の背中に手を置いた。
「自己紹介してくれるかな」
女の子は、顔を上げた。
でも、すぐにまた下を向く。
「た、田村ゆいです」
小さな声。
「よろしく……お願いします」
言葉が、途切れる。
クラスの中から、くすくすと笑い声が聞こえた。
凛は、その笑い声に眉をひそめた。
田村ゆい。
おどおどしている。
緊張しているのが、見てわかる。
吉岡先生は、笑顔で言った。
「田村さんは、お父さんの仕事の都合で引っ越してきました。みんな、仲良くしてあげてね」
「はーい」
クラスの何人かが、元気よく答えた。
でも、凛には、その返事が上辺だけのように聞こえた。
田村ゆいは、空いている席に座った。
窓際の一番後ろの席。
凛の席からは、少し離れている。
凛は、ゆいを見た。
ゆいは、下を向いて顔を隠している。
凛は、胸が痛んだ。
転校生。
新しい環境。
知らない人ばかり。
孤独だろうな。
凛も、大人になってから、何度も孤独を感じてきた。
だから、わかる。
あの子の気持ちが。
休み時間になった。
クラスメイトたちは、それぞれグループで話している。
でも、誰もゆいに話しかけない。
ゆいは、一人で席に座ったままだった。
休み時間、凛はゆいに話しかけようと席を立った。
でも、その時、何かが起こっていた。
ゆいが、下駄箱のところで立ち尽くしている。
凛は、近づいた。
「どうしたの?」
ゆいは、顔を上げた。
目が赤い。
泣いている。
「う、上履きが……ない」
ゆいの声は、震えていた。
凛は、下駄箱を見た。
空っぽだ。
「探そう」
凛は、周りを見回した。
その時、教室の向こうから、笑い声が聞こえた。
凛は、そちらを見た。
男の子が3人、固まって笑っている。
その中の一人、山田けいすけが、何かを手に持っている。
上履き。
ゆいの上履きだ。
凛は、怒りがこみ上げてきた。
いじめ。
許せない。
凛は、山田たちのところへ歩いていった。
「それ、返して」
凛は、山田の前に立った。
山田は、凛を見て、にやにや笑った。
「何のこと?」
「その上履き。田村さんのでしょ」
「知らないよ」
山田は、上履きを背中に隠した。
周りの子供たちも、笑っている。
凛は、一歩前に出た。
「いじめは、卑怯だよ」
凛の声は、低かった。
大人の凛の声。
山田は、少し怯んだ。
「べ、別にいじめてないし」
「じゃあ、なんで隠してるの?」
凛は、山田の目をじっと見つめた。
山田は、目を逸らした。
「……遊んでただけ」
「遊び? 田村さん、泣いてるよ。それでも遊びなの?」
凛の言葉に、周りが静まった。
誰も、何も言わない。
凛は、手を差し出した。
「返して」
山田は、しばらく迷っていたが、結局、上履きを凛に渡した。
「……はい」
凛は、上履きを受け取った。
そして、ゆいのところへ戻った。
「はい」
ゆいに上履きを渡す。
ゆいは、涙を拭いながら、上履きを受け取った。
「ありがとう……」
小さな声。
凛は、ゆいの頭を撫でた。
「大丈夫。もう大丈夫だから」
ゆいは、こくりと頷いた。
凛は、山田たちを振り返った。
彼らは、ばつが悪そうに立っている。
「もし、これが自分だったら? どう思う?」
凛は、問いかけた。
山田は、何も答えなかった。
でも、その表情には、何か考えているものがあった。
その時、悠真が駆け寄ってきた。
「凛ちゃん、何があったの?」
凛は、悠真に説明した。
悠真は、ゆいを見て、それから山田たちを見た。
「ひどいよ、そんなの」
悠真は、ゆいに向き直った。
「僕たち、友達になろう」
悠真は、笑顔でゆいに手を差し出した。
ゆいは、驚いたように悠真を見た。
「本当に……?」
「うん! 凛ちゃんも、僕も、みんな友達だよ」
悠真の言葉に、ゆいの目に涙が溢れた。
でも、今度は嬉しい涙だ。
「ありがとう……」
ゆいは、悠真の手を握った。
山田たちは、しばらく黙っていたが、一人が口を開いた。
「……ごめん」
山田けいすけが、小さく言った。
「田村さん、ごめんなさい」
他の二人も、続いて謝った。
ゆいは、驚いて彼らを見た。
「もう、しないから」
山田は、そう言って頭を下げた。
凛は、彼らを見て、少しほっとした。
子供は、素直だ。
ちゃんと伝えれば、わかってくれる。
ゆいは、小さく頷いた。
「うん……」
その後、休み時間の残りの時間、凛と悠真はゆいと一緒に過ごした。
教室の隅で、三人でおしゃべりをした。
ゆいは、少しずつ笑顔を取り戻していった。
「前の学校では、どんなことして遊んでたの?」
悠真が、ゆいに聞いた。
「えっと……鬼ごっことか」
ゆいは、恥ずかしそうに答えた。
「じゃあ、今度一緒に鬼ごっこしようよ」
悠真は、嬉しそうに言った。
「うん」
ゆいは、笑顔で頷いた。
凛は、その様子を見て、微笑んだ。
よかった。
ゆいに、友達ができた。
チャイムが鳴り、授業が始まった。
授業が終わると、悠真が凛のところに来た。
「凛ちゃんってすごいね」
悠真は、目を輝かせて言った。
「え?」
凛は、驚いた。
「さっきの、すごかった。山田くんたちに、ちゃんと言えて」
「別に、普通のことだよ」
凛は、照れくさそうに答えた。
「ううん、すごいよ。凛ちゃん、大人みたい」
悠真の言葉に、凛はドキッとした。
大人みたい。
そう、私は大人だから。
でも、それは言えない。
「そんなことないよ」
凛は、笑って答えた。
「ただ、田村さんが困ってたから、助けただけ」
悠真は、凛をじっと見つめた。
「でも、やっぱりすごいよ。僕も、凛ちゃんみたいになりたいな」
凛は、胸が温かくなった。
悠真の純粋な目。
尊敬の眼差し。
凛は、悠真の頭を撫でた。
「悠真くんも、ちゃんと田村さんに優しくしてたよ。それで十分だよ」
悠真は、嬉しそうに笑った。
下校の時間になった。
凛と悠真は、一緒に校門を出た。
「今日は、いい日だったね」
悠真が、笑顔で言った。
「うん」
凛は、頷いた。
「田村さん、笑ってくれて嬉しかった」
悠真は、空を見上げた。
「困ってる人を助けるって、気持ちいいね」
悠真の言葉に、凛は驚いた。
困ってる人を助けるって、気持ちいい。
そんな風に、素直に思えるんだ。
大人の凛は、困ってる人を助けたいと思っても、いろいろな理由で躊躇してしまう。
会社のため。
自分の立場のため。
でも、悠真は違う。
ただ、純粋に、困ってる人を助けたいと思う。
それだけ。
凛は、悠真を見た。
「そうだね」
凛は、笑顔で答えた。
「困ってる人を助けるって、気持ちいいよね」
悠真は、嬉しそうに笑った。
凛は、心の中で思った。
この子の優しさの原点を、見た気がする。
この優しさを、失わせたくない。
この笑顔を、守りたい。
二人は、並んで歩いた。
夕日が、二人を照らしている。
温かい光。
凛は、この瞬間を、心に刻んだ。