ブーケの行方と、あの日の片思い
第十章:乾杯の直後の再会
披露宴は順調に進み、メイン料理がテーブルに並び始める頃には、会場全体が一段と和やかな空気に包まれていた。乾杯を終え、ゲストたちは緊張が解けたように席を立ち、久しぶりの再会に花を咲かせている。
優花のテーブルでも、女性友人たちが高砂へ写真を撮りに行ったり、別のテーブルの知人へ挨拶に行ったりと、賑やかに席を離れていった。
優花は残った料理を口に運びながら、内心では別のことを考えていた。
――宏樹は、こちらに来るだろうか。
あるいは、自分から彼のテーブルへ挨拶に行くべきだろうか。
宏樹は向かい側の席で、まだ友人たちと談笑している。
その姿を見つめるたび、胸が静かに高鳴る。
そんな時だった。
視界の端に、満面の笑みでこちらへ歩いてくる健太の姿が映った。
その隣に――優花の心臓を一瞬で凍りつかせる人物が立っていた。
沢村宏樹。
健太は宏樹の肩を引き寄せるようにし、優花のテーブルの前で立ち止まった。
「優花ー! 宏樹がさ、優花のテーブルにも挨拶行きたいって言うから連れてきたぞ!」
(……宏樹から?)
優花は咄嗟に息を呑んだ。
まさか彼の方から来るなんて思っていなかった。
宏樹は、少し照れたように眉を寄せながらも、柔らかな笑みを向けてきた。
「健太が勝手に大げさに言ってるだけだよ。……相沢、ご無沙汰しています」
その声。
その表情。
五年ぶりに真正面から向き合う距離感に、優花の胸がぐっと熱を帯びる。
宏樹は卓上のグラスを取ると、軽く持ち上げた。
「乾杯は済んでるけど……もう一度、美咲と健太の門出に」
優花も慌てて立ち上がり、自分のグラスを手にした。
「も、もちろん。……二人とも、おめでとう」
カチン、とグラスが触れ合う。
小さいのにやけに響く音――それは、優花の鼓動と重なるようだった。
五年前の卒業以来、こんなふうに宏樹と向き合うのは初めてだ。
「相沢、席はこっち側だったんだね。久しぶりにゆっくり話したかったけど……なかなか会えなくて」
宏樹の言葉に、優花は思わず息を飲んだ。
“話したかった”
その一言が、どれほど優花の胸を揺らしたことか。
「ええ、私もです。教会では少しだけ話せましたけど……友人たちに囲まれていて」
努めて冷静を装いながら続ける。
「さっき、健太さんたちの話……聞こえてしまって。お仕事、大変そうですね」
宏樹は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに優しく笑った。
「聞こえてたんだ。……ちょっと恥ずかしいな。まあ、あれは愚痴みたいなものだよ。相沢の仕事はどう? 忙しいんじゃない?」
自分の仕事を気にかけてくれる――そのさりげない優しさが、懐かしくも新鮮だった。
「はい、私もそこそこ忙しいです。でも……楽しいですよ」
言葉を交わせば交わすほど、五年間の空白が少しずつ埋まっていくように感じた。
ふと訪れた沈黙も、ぎこちなさはなく、むしろ温かい。
――この沈黙が、心地いい。
しかし、その空気を破ったのは健太だった。
「お前ら真面目すぎ! 美味しい料理食べろよー。ほら宏樹、次は親戚のテーブルにも挨拶しないと」
「ああ、そうだった」
宏樹は頷き、しかしもう一度優花の方へ向き直る。
「相沢、この後……二次会、来るよね?」
その問いかけは、優しいけれど確かな“期待”を含んでいた。
優花は息を整え、まっすぐに頷いた。
「もちろん」
「よかった。じゃあ……また後で。ゆっくり話せるのは、たぶん二次会だね」
柔らかく微笑むと、宏樹は健太と共に歩き出す。
その背中が完全に視界から消えるまで、優花は動けなかった。
手にしたグラスはひんやりとしているのに――指先は、ずっと熱を帯びたままだ。
「また後で。」
ただそれだけの言葉が、
五年前には途絶えてしまった未来が、再び動き出す予感となって、優花の胸の奥で確かに鳴っていた。
優花のテーブルでも、女性友人たちが高砂へ写真を撮りに行ったり、別のテーブルの知人へ挨拶に行ったりと、賑やかに席を離れていった。
優花は残った料理を口に運びながら、内心では別のことを考えていた。
――宏樹は、こちらに来るだろうか。
あるいは、自分から彼のテーブルへ挨拶に行くべきだろうか。
宏樹は向かい側の席で、まだ友人たちと談笑している。
その姿を見つめるたび、胸が静かに高鳴る。
そんな時だった。
視界の端に、満面の笑みでこちらへ歩いてくる健太の姿が映った。
その隣に――優花の心臓を一瞬で凍りつかせる人物が立っていた。
沢村宏樹。
健太は宏樹の肩を引き寄せるようにし、優花のテーブルの前で立ち止まった。
「優花ー! 宏樹がさ、優花のテーブルにも挨拶行きたいって言うから連れてきたぞ!」
(……宏樹から?)
優花は咄嗟に息を呑んだ。
まさか彼の方から来るなんて思っていなかった。
宏樹は、少し照れたように眉を寄せながらも、柔らかな笑みを向けてきた。
「健太が勝手に大げさに言ってるだけだよ。……相沢、ご無沙汰しています」
その声。
その表情。
五年ぶりに真正面から向き合う距離感に、優花の胸がぐっと熱を帯びる。
宏樹は卓上のグラスを取ると、軽く持ち上げた。
「乾杯は済んでるけど……もう一度、美咲と健太の門出に」
優花も慌てて立ち上がり、自分のグラスを手にした。
「も、もちろん。……二人とも、おめでとう」
カチン、とグラスが触れ合う。
小さいのにやけに響く音――それは、優花の鼓動と重なるようだった。
五年前の卒業以来、こんなふうに宏樹と向き合うのは初めてだ。
「相沢、席はこっち側だったんだね。久しぶりにゆっくり話したかったけど……なかなか会えなくて」
宏樹の言葉に、優花は思わず息を飲んだ。
“話したかった”
その一言が、どれほど優花の胸を揺らしたことか。
「ええ、私もです。教会では少しだけ話せましたけど……友人たちに囲まれていて」
努めて冷静を装いながら続ける。
「さっき、健太さんたちの話……聞こえてしまって。お仕事、大変そうですね」
宏樹は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに優しく笑った。
「聞こえてたんだ。……ちょっと恥ずかしいな。まあ、あれは愚痴みたいなものだよ。相沢の仕事はどう? 忙しいんじゃない?」
自分の仕事を気にかけてくれる――そのさりげない優しさが、懐かしくも新鮮だった。
「はい、私もそこそこ忙しいです。でも……楽しいですよ」
言葉を交わせば交わすほど、五年間の空白が少しずつ埋まっていくように感じた。
ふと訪れた沈黙も、ぎこちなさはなく、むしろ温かい。
――この沈黙が、心地いい。
しかし、その空気を破ったのは健太だった。
「お前ら真面目すぎ! 美味しい料理食べろよー。ほら宏樹、次は親戚のテーブルにも挨拶しないと」
「ああ、そうだった」
宏樹は頷き、しかしもう一度優花の方へ向き直る。
「相沢、この後……二次会、来るよね?」
その問いかけは、優しいけれど確かな“期待”を含んでいた。
優花は息を整え、まっすぐに頷いた。
「もちろん」
「よかった。じゃあ……また後で。ゆっくり話せるのは、たぶん二次会だね」
柔らかく微笑むと、宏樹は健太と共に歩き出す。
その背中が完全に視界から消えるまで、優花は動けなかった。
手にしたグラスはひんやりとしているのに――指先は、ずっと熱を帯びたままだ。
「また後で。」
ただそれだけの言葉が、
五年前には途絶えてしまった未来が、再び動き出す予感となって、優花の胸の奥で確かに鳴っていた。