ブーケの行方と、あの日の片思い

第二十五章:趣味の話題で共通点

優花がカメラの話題を振った――ただそれだけで、
宏樹の表情は驚くほど鮮やかに変わった。

ほんの数分前まで、仕事の重圧を抱えた大人の顔をしていたのに、
今は、興味の話題に心を奪われた少年のような眼差しになっている。

「よく気づいたね、相沢。あれ……最近ハマってるんだ。
始めたのは、去年の冬くらいかな」

宏樹は自然と優花の方へ体を向け、話しながら前のめりになる。

「仕事で頭が疲れすぎた時期があってさ。
もう何もかも嫌になりそうで……。
だから、“誰にも邪魔されない時間”が欲しくて、思い切って一眼レフを買ったんだ」

「へえ……宏樹にしては意外です。ずっとスポーツのイメージが強かったから」

「そうだろ?」
宏樹は苦笑しながらも、どこか誇らしげだ。

「でも、これが想像以上に面白くて。特に夜景が。
三脚立てて長時間露光すると、街の光が線になって流れていくんだ。それが……妙に癒されるんだよ。
静かで、誰もいない時間。今の俺には、それが必要だった」

その言葉に、優花の胸が静かに揺れた。

(静かで、誰にも邪魔されない時間……)

それは、仕事に追われる人間なら誰もが欲しがる“避難場所”。
その感覚を、優花も痛いほどわかっていた。

「夜景って、素敵ですよね」
優花はそっと言葉を返した。

「私も、深夜のオフィスビルから見下ろす街の光が好きで……。
人の気配が薄れて、光だけが残っていくあの感じ、なんだか心に沁みるんです」

宏樹の目が、ぱっと見開かれた。

「相沢も……? ほんとに?」

「はい。好きです」

すると宏樹は、堪えきれないように微笑み、グラスを置いた。

「俺も、人の動きじゃなくて“生活の光”が好きなんだ。
雨の日の路面とか、タクシーのテールランプの反射とか……
ああいう、一瞬なのに美しいものを撮れると、気持ちが軽くなる」

「あ……それ、わかります!
雨の日のネオンが水たまりに揺れるの、私も大好きで……!」

二人の声が自然と重なる。

同じ“夜の光”を美しいと思う感覚が、
まるで秘密を共有したみたいに二人を近づけていく。

宏樹は、ぽつりと本音をこぼすように言った。

「……まさか相沢と、こんな話ができるとは思わなかったよ。
周りの友達に言っても、『また地味な趣味始めたな』って笑われるだけでさ。
でも相沢は……俺が“何を綺麗だと思ってるのか”を理解してくれるんだな」

その言葉に、優花の胸がじんわりと熱くなる。

(理解してくれる――その一言が、どれだけの意味を持つのか。)

宏樹にとって、これはただの趣味の話ではない。
“今の宏樹”を丸ごと認めてくれる相手を見つけた瞬間なのだ。

優花は、勇気を出して言った。

「宏樹の写真……見てみたいです。
私も、夜景撮影……挑戦してみようかな」

その瞬間。

宏樹は、驚きと喜びが混ざった目で優花を見つめた。

そして、ほんの少し照れたように息を吸う。

「……じゃあ、もしよかったら。
今度、一緒に撮りに行ってみないか?」

あまりにも自然な声音なのに、
内容はほとんど“デートの誘い”だった。

優花の心臓が、瞬間的に跳ねる。

「え……」

「教えられるほどじゃないけどさ。一人より、二人の方が楽しいと思って」

その真剣な目を見た瞬間、優花は悟った。
——これは、社交辞令ではない。

「……ぜひ。あ、よかったら……連絡先、交換しませんか?
グループチャットだと流れちゃうので」

勇気を振り絞った問いかけに、
宏樹は小さく笑って、迷いなくスマホを取り出す。

「ああ、もちろん。その方が確実だ」

スマホを手渡され、優花は震える指で自分の名前を入力する。

「……登録、できました」

「ありがとう、相沢」

画面に並んだ二人だけのトーク画面。
それは、五年間の空白を一瞬で埋めてしまうほどの距離の近さだった。

——この瞬間。
二人の関係は、“友人グループの中の一人”から、
確かに一歩、踏み出した。

趣味という共通点が導いた本音の繋がりが、
静かに、しかし確実に
恋の予感へと形を変え始めていた。
< 25 / 51 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop