ブーケの行方と、あの日の片思い
第二十四章:仕事の話
「無理しないで」と優花が声をかけた時、
宏樹の表情が、ふっとほどけた。
彼の中でずっと張りつめていた何かが、
優花のたった一言で緩んだのが、目に見えてわかった。
そして——
宏樹は初めて、優花のほうを真正面から見た。
「相沢。君の仕事って……どんなことしてるんだっけ?」
一方的に自分の話をするのではなく、
優花に“聞き返す”姿勢。
それは、この場で彼が本当に心を開き始めた証拠だった。
優花は、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「私は、IT系の企画職です。
クライアントの要望を聞いて、それをサービスに落とし込んでいく仕事で……」
「なるほど。優花らしい、丁寧な仕事だ」
宏樹は、頷きながら静かにウィスキーを口にした。
その目は優花の言葉を、一つ逃さず受け止めるように真剣だ。
そして、ゆっくりと続けた。
「俺は……新規事業の立ち上げを任されててさ。
聞こえはいいけど、実際は毎日深夜まで資料作って、全部の責任は俺。
失敗したら、それこそキャリアに傷がつくレベルで」
声を潜めた宏樹には、強がりは一つもなかった。
優花は、ただ頷きながら耳を傾ける。
軽い励ましも、浅いアドバイスも、今は不要。
必要なのは——その重さを一緒に感じること。
「……そんなに。宏樹、背負いすぎてたんですね」
優花の言葉は、とても小さかった。
しかし、宏樹はその一言に、救われたように息を吐いた。
「健太たちには少し愚痴ったけど……まあ、あいつらは笑って終わりでさ。
誰かに“本気で”聞いてほしかったんだと思う。
今日、相沢に話して……なんか、ようやく重さを分かってもらえた気がする」
(ああ……)
優花は、その“ようやく”という言葉に胸が熱くなる。
宏樹は、ただの懐古じゃない。
今の自分をわかってくれる相手を求めていた。
そして今、その役割を担っているのは——優花だ。
「私の仕事も、プレッシャーはあるので……少しだけですが、わかります。
でも、宏樹は……きっと何倍も大変ですよね」
控えめな共感。
それが却って、宏樹の心に深く届いたらしい。
「相沢……やっぱり君は昔から聞き上手だな」
そう言って笑う彼の顔は、披露宴からは想像できないほど柔らかかった。
ここで優花は気づく。
(この人は、仕事ばかりで“誰かに弱さを見せる時間”がなかったんだ。)
だからこそ、次の話題は——
“責任”とは真反対の、軽くて、温かいものにしよう。
優花は、彼のジャケットの隙間から見えたストラップを思い出した。
「ところで……宏樹。
さっき、カメラのストラップが見えたんですけど……
写真、始めたんですか? 学生の頃は、フットサルでしたよね」
その瞬間。
宏樹の顔がふっと明るくなる。
ほんの数分前まで、疲れた大人の表情を浮かべていた人と同じとは思えないほどに。
「ああ、よく気づいたな。
実は最近、写真を撮るのが面白くてさ。
日曜の朝とかに、気分転換で撮りに行ってるんだ」
声にもなるべく抑えきれない喜びが滲む。
仕事の話から離れたことで、
彼はようやく“好きなもの”を話す顔になった。
それは、優花が今日初めて見る、自然で柔らかい表情だった。
優花は、そっと胸の奥で息を吐く。
(よかった……彼の疲れた心に、少しでも“楽しい話”を引き出せた。)
二人は、たくさんの人がいる二次会の真ん中で、
まるで世界に二人だけしかいないような距離感に近づいていた。
宏樹の表情が、ふっとほどけた。
彼の中でずっと張りつめていた何かが、
優花のたった一言で緩んだのが、目に見えてわかった。
そして——
宏樹は初めて、優花のほうを真正面から見た。
「相沢。君の仕事って……どんなことしてるんだっけ?」
一方的に自分の話をするのではなく、
優花に“聞き返す”姿勢。
それは、この場で彼が本当に心を開き始めた証拠だった。
優花は、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「私は、IT系の企画職です。
クライアントの要望を聞いて、それをサービスに落とし込んでいく仕事で……」
「なるほど。優花らしい、丁寧な仕事だ」
宏樹は、頷きながら静かにウィスキーを口にした。
その目は優花の言葉を、一つ逃さず受け止めるように真剣だ。
そして、ゆっくりと続けた。
「俺は……新規事業の立ち上げを任されててさ。
聞こえはいいけど、実際は毎日深夜まで資料作って、全部の責任は俺。
失敗したら、それこそキャリアに傷がつくレベルで」
声を潜めた宏樹には、強がりは一つもなかった。
優花は、ただ頷きながら耳を傾ける。
軽い励ましも、浅いアドバイスも、今は不要。
必要なのは——その重さを一緒に感じること。
「……そんなに。宏樹、背負いすぎてたんですね」
優花の言葉は、とても小さかった。
しかし、宏樹はその一言に、救われたように息を吐いた。
「健太たちには少し愚痴ったけど……まあ、あいつらは笑って終わりでさ。
誰かに“本気で”聞いてほしかったんだと思う。
今日、相沢に話して……なんか、ようやく重さを分かってもらえた気がする」
(ああ……)
優花は、その“ようやく”という言葉に胸が熱くなる。
宏樹は、ただの懐古じゃない。
今の自分をわかってくれる相手を求めていた。
そして今、その役割を担っているのは——優花だ。
「私の仕事も、プレッシャーはあるので……少しだけですが、わかります。
でも、宏樹は……きっと何倍も大変ですよね」
控えめな共感。
それが却って、宏樹の心に深く届いたらしい。
「相沢……やっぱり君は昔から聞き上手だな」
そう言って笑う彼の顔は、披露宴からは想像できないほど柔らかかった。
ここで優花は気づく。
(この人は、仕事ばかりで“誰かに弱さを見せる時間”がなかったんだ。)
だからこそ、次の話題は——
“責任”とは真反対の、軽くて、温かいものにしよう。
優花は、彼のジャケットの隙間から見えたストラップを思い出した。
「ところで……宏樹。
さっき、カメラのストラップが見えたんですけど……
写真、始めたんですか? 学生の頃は、フットサルでしたよね」
その瞬間。
宏樹の顔がふっと明るくなる。
ほんの数分前まで、疲れた大人の表情を浮かべていた人と同じとは思えないほどに。
「ああ、よく気づいたな。
実は最近、写真を撮るのが面白くてさ。
日曜の朝とかに、気分転換で撮りに行ってるんだ」
声にもなるべく抑えきれない喜びが滲む。
仕事の話から離れたことで、
彼はようやく“好きなもの”を話す顔になった。
それは、優花が今日初めて見る、自然で柔らかい表情だった。
優花は、そっと胸の奥で息を吐く。
(よかった……彼の疲れた心に、少しでも“楽しい話”を引き出せた。)
二人は、たくさんの人がいる二次会の真ん中で、
まるで世界に二人だけしかいないような距離感に近づいていた。