ブーケの行方と、あの日の片思い

第二十七章:過去の問い

優花と宏樹が、昔の失敗談で笑い合い、
二人だけの穏やかな空間に浸っていたちょうどその時――。

「おーい! 二人だけ世界入ってんぞ!」

健太(友人)がビール片手にずいっと割り込んできた。
軽い冗談のはずなのに、優花は思わず肩を跳ねさせる。

「馬鹿言うなよ。ちょっと仕事の愚痴を聞いてもらってただけだ」
宏樹は笑って答えたが、どこか照れたような声音だった。

「へぇ〜? 宏樹が愚痴る相手なんて、美咲か俺くらいだと思ってたけど?
 優花にはいい顔するよな、昔から」

その一言に、優花の胸は一瞬でざわついた。
からかい半分の言葉なのに、妙に核心を刺す。

そして――健太は優花の耳元にしか届かないほどの、低い声で。

「そういやさ宏樹、ちょっと真面目な話していい?
 お前、学生時代けっこうモテてただろ。
 優花も含めて、お前のこと好きだった奴、割といたんだぜ?」

――心臓が止まった。

カクテルの甘さで温まっていた頬が、
一気に冷えるのが分かった。

(健太……どうして今それを言うの……?)

優花は呼吸を忘れ、宏樹の表情を必死に追った。
彼は、驚いたように優花を一瞬だけ見たが、
すぐに視線を逸らし、グラスに口をつける。

「やめろよ、健太。そんな昔話、覚えてないし」
笑いながら否定した声は、少しだけ硬い。

「またまた〜! バレンタインの数、すごかったじゃん!」

「忘れたって言ってるだろ」

明らかに、話題を打ち切るための調子だった。
それ以上は掘らせない――そんな静かな強張り。

(……守ってくれてる?
 それとも、本当に覚えていないの?)

優花の心は、ざわめきと安堵の狭間で揺れた。

宏樹はすぐに話題を切り替える。

「それよりさ、健太。二次会のサプライズって何を仕込んだわけ?」

「あ、そうそう! 聞いてくれよ宏樹!」

健太はあっさり話題に飛びつき、
ふざけたテンションで仲間の方へ戻っていった。

残されたのは、優花と宏樹、
そしてさっきの言葉の余韻。

優花は、小さく息を吐いた。

(助けてくれた……のかな?
 “忘れた”って、本当?
 それとも……思い出したくなかっただけ?)

宏樹の横顔を見ると、
彼はグラスの氷をゆっくり回しながら、
明らかにさっきより静かな表情をしていた。

その横顔には――
優花の想いに気づいた過去を、軽く触れられたくなかったような繊細さ
があった。



✦ 数行の続き(感情の「揺れ」が恋へ転じる導入口) ✦



そんな宏樹が、不意に小さく笑って言った。

「……健太のやつ、ほんっと空気読まねえよな。
 相沢、嫌な思いさせたなら、ごめん」

優花は、胸の奥がぎゅっと温かくなるのを感じた。

「いえ……大丈夫です。
 むしろ、宏樹が……守ってくれたように聞こえたから」

そう言うと、宏樹は一瞬だけ動きを止め、
ゆっくりと優花の方を向いた。

柔らかい照明が、彼の瞳に落ちる。

「……さっきのは、そういうつもりじゃなかったけど。
 でも……相沢が嫌がることは言わせたくなかった」

その言葉はとても静かで、
けれど冗談ではなく、はぐらかしでもなく、
真っ直ぐに優花に向けられていた。

優花は気づく。

――宏樹は「過去」には触れたくなかった。
――けれど「今の優花」を傷つけたくない気持ちは、はっきりとある。

その違いが、胸の奥でじわりと熱を広げた。
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