ブーケの行方と、あの日の片思い
第三十六章:夜景の絶景と撮影開始
公園の展望台には、ほかに誰の姿もなかった。
風が木々を揺らす音と、遠くの車の流れるような走行音だけが聞こえる。
まるで、世界の光と音がふたりのためだけに残っているような夜だった。
「……相沢、ちょっとこっち」
宏樹が、カメラのファインダーを覗きながら手招きした。
優花はそっと近づく。
すると、予想以上に近い距離だった。
肩が触れるか触れないか——いや、少し触れた。
冷たい風が吹いた瞬間、逆にその触れ合った部分だけ温かく感じた。
「この構図、見てみる?」
宏樹はカメラの背面モニターを指さし、
それを優花が覗き込めるように身体を寄せてきた。
画面には、優花の視界とはまったく違う世界が広がっていた。
光の筋が流れ、街の灯が宝石のように散りばめられ、
夜が息を呑むほど美しく切り取られていた。
「……すごい。こんなふうに見えるんですね」
「うん。
でも相沢が言った“雨の日の路面の光”も、ちゃんと入る位置を探してみたんだ」
「えっ……私のために?」
宏樹は少しだけ、照れたように目を逸らした。
「まあ……相沢が喜ぶかなって思って。
今日の撮影は、相沢に楽しんでほしかったから」
胸の奥がじんわり熱くなった。
風で冷えた指先とは対照的に、心の中心が温かく灯る。
(宏樹……こんなふうに思ってくれていたんだ。)
優花が言葉を探していると、
宏樹がカメラを彼女の手にそっと触れさせた。
「触ってみる? 怖くないよ。落としても怒らないから」
「え、落とさないです!」
「はは、知ってるよ」
彼の冗談に優花が笑うと、
宏樹は、優花がカメラを構えやすいように、
彼女の手に自分の手を添えた。
——瞬間、空気が変わった。
肩よりも、手の触れ合いよりも、
その温度が胸に直接伝わってくる。
「……こう持つと安定する。
指はここ。息を止めて——はい、撮ってみて?」
「は、はい……」
優花はシャッターを押した。
——カシャ。
画面には、先ほど見た世界とはまた違う、
優花自身の視点で切り取られた夜景が写っていた。
「すごい……私が撮ったのに、私の目じゃないみたい」
「それが写真の面白いところ。
……相沢の感性は、俺、結構好きだよ」
その言葉は、夜景のどんな光よりも眩しかった。
優花は思わず横顔を見た。
宏樹も、ちょうど優花の方を見ていた。
目が合った瞬間——
冷たい夜気の中で、ほんの一秒、時が止まったような気がした。
宏樹はほんの少し、声を低くして続けた。
「相沢と一緒に来てよかった。
……今日、誘って本当に正解だったと思う」
優花の呼吸が浅くなる。
(そんなこと……言われたら。)
夜景の光も、風の音も、今はすべて背景になっていく。
二人を包むのは、静かな夜と、互いの鼓動だけ。
「俺、こうやって好きなことを誰かと共有したの……初めてなんだ。
相沢だから、話したくなった」
(……宏樹。)
優花は答えようとした。
でも声にならなかった。
胸が熱く、その温度が喉の奥にまで満ちてしまったから。
宏樹は、優花が俯いたのを心配したのか、少しだけ覗き込むようにして言った。
「寒い? それとも……疲れた?」
「い、いえ……違います。
ただ……嬉しくて、ちょっとドキドキしてるだけです」
言った瞬間、空気がまた変わった。
今度は——さらに近く、やわらかい。
宏樹の表情がゆっくりほどけていく。
「……そうか。
俺も、同じ気持ちかもしれない」
夜景がきらめく中、
ふたりの距離は、確かに一歩……いや、半歩、近づいた。
風が木々を揺らす音と、遠くの車の流れるような走行音だけが聞こえる。
まるで、世界の光と音がふたりのためだけに残っているような夜だった。
「……相沢、ちょっとこっち」
宏樹が、カメラのファインダーを覗きながら手招きした。
優花はそっと近づく。
すると、予想以上に近い距離だった。
肩が触れるか触れないか——いや、少し触れた。
冷たい風が吹いた瞬間、逆にその触れ合った部分だけ温かく感じた。
「この構図、見てみる?」
宏樹はカメラの背面モニターを指さし、
それを優花が覗き込めるように身体を寄せてきた。
画面には、優花の視界とはまったく違う世界が広がっていた。
光の筋が流れ、街の灯が宝石のように散りばめられ、
夜が息を呑むほど美しく切り取られていた。
「……すごい。こんなふうに見えるんですね」
「うん。
でも相沢が言った“雨の日の路面の光”も、ちゃんと入る位置を探してみたんだ」
「えっ……私のために?」
宏樹は少しだけ、照れたように目を逸らした。
「まあ……相沢が喜ぶかなって思って。
今日の撮影は、相沢に楽しんでほしかったから」
胸の奥がじんわり熱くなった。
風で冷えた指先とは対照的に、心の中心が温かく灯る。
(宏樹……こんなふうに思ってくれていたんだ。)
優花が言葉を探していると、
宏樹がカメラを彼女の手にそっと触れさせた。
「触ってみる? 怖くないよ。落としても怒らないから」
「え、落とさないです!」
「はは、知ってるよ」
彼の冗談に優花が笑うと、
宏樹は、優花がカメラを構えやすいように、
彼女の手に自分の手を添えた。
——瞬間、空気が変わった。
肩よりも、手の触れ合いよりも、
その温度が胸に直接伝わってくる。
「……こう持つと安定する。
指はここ。息を止めて——はい、撮ってみて?」
「は、はい……」
優花はシャッターを押した。
——カシャ。
画面には、先ほど見た世界とはまた違う、
優花自身の視点で切り取られた夜景が写っていた。
「すごい……私が撮ったのに、私の目じゃないみたい」
「それが写真の面白いところ。
……相沢の感性は、俺、結構好きだよ」
その言葉は、夜景のどんな光よりも眩しかった。
優花は思わず横顔を見た。
宏樹も、ちょうど優花の方を見ていた。
目が合った瞬間——
冷たい夜気の中で、ほんの一秒、時が止まったような気がした。
宏樹はほんの少し、声を低くして続けた。
「相沢と一緒に来てよかった。
……今日、誘って本当に正解だったと思う」
優花の呼吸が浅くなる。
(そんなこと……言われたら。)
夜景の光も、風の音も、今はすべて背景になっていく。
二人を包むのは、静かな夜と、互いの鼓動だけ。
「俺、こうやって好きなことを誰かと共有したの……初めてなんだ。
相沢だから、話したくなった」
(……宏樹。)
優花は答えようとした。
でも声にならなかった。
胸が熱く、その温度が喉の奥にまで満ちてしまったから。
宏樹は、優花が俯いたのを心配したのか、少しだけ覗き込むようにして言った。
「寒い? それとも……疲れた?」
「い、いえ……違います。
ただ……嬉しくて、ちょっとドキドキしてるだけです」
言った瞬間、空気がまた変わった。
今度は——さらに近く、やわらかい。
宏樹の表情がゆっくりほどけていく。
「……そうか。
俺も、同じ気持ちかもしれない」
夜景がきらめく中、
ふたりの距離は、確かに一歩……いや、半歩、近づいた。