ブーケの行方と、あの日の片思い
第四十四章:二度目の夜景と再会
約束の日曜日がやってきた。
優花は胸の高鳴りを抑えながら、前回と同じ黒のタートルネックを選んだ。
ただし今日は、都会的な雰囲気に合うように、耳元に控えめなピアスを添えた。
“彼に会う”という実感が増すたび、鏡の前の表情も柔らかくなる。
午後七時。
優花は、東京駅近くにそびえる「東和ビル」の一階エントランスに姿を現した。
すでに宏樹が待っていた。
黒のジャケットに濃いチノパン。
派手さはないのに、仕事終わりの疲労を纏ったその佇まいは、前回よりもどこか頼りなく、同時に守りたくなる影を帯びていた。
優花に気づくと、彼はほっとしたような微笑みを浮かべる。
「相沢、来てくれてありがとう。待った?」
「ううん、今来たばかり。宏樹、お疲れ様です」
近くで見ると、やはり少し痩せたようにも見える。
仕事の重圧は、まだ彼の肩にのしかかっているのだろう。
優花は、“今日こそ彼を癒す時間にしたい”と静かに心に誓った。
「東京駅の界隈は人が多くて騒がしいけど、ビルの上に行けば静かだよ。行こうか」
そう言うと、宏樹は軽く手を添えるような仕草で、優花をエレベーターへと促した。
ここなら──渡せる。
二人きりになった瞬間、優花は小さな紙袋をそっと差し出した。
「宏樹……これ。前にお話ししたヘッドフォンです」
宏樹は驚いたように目を瞬かせ、紙袋を見つめた。
「相沢、本当に……? 悪いよ。高かっただろ」
躊躇は、彼の優しさそのものだった。
だからこそ、優花ははっきりと言葉を重ねた。
「気にしないでください。これは“宏樹さんの集中のための道具”です。
一緒に夜景を撮るなら、宏樹さんがリラックスできる方が、私も嬉しいから」
宏樹の目が、ゆっくりと優花を捉えた。
照明の落ちたエレベーターの中で、その視線は優しい陰影を帯びていた。
「……わかった。大切に使うよ。
相沢、本当にありがとう。君の気持ち、ちゃんと受け取った」
その静かな言葉だけで、優花の胸はじんわりと熱くなる。
ちょうどそのとき、エレベーターが到着音を鳴らした。
ガラス張りの展望スペースに足を踏み入れた瞬間、
優花の視界いっぱいに、東京駅の赤煉瓦とビル群が織りなす夜景が広がった。
駅舎を縁どるオレンジの光。
近代的な高層ビルの窓の煌めき。
濡れた舗道が反射する色とりどりの光が、まるで水面に揺れる油彩のように美しい。
「……すごい」
自然に漏れた優花の声に、宏樹は満足げに笑った。
「だろ? 雨が降った後は特に綺麗なんだ。
光が路面で滲んで──俺たちが好きな“光の線”が、街全体に広がる」
そう語る彼の横顔は、仕事の疲れを一瞬忘れたように柔らかかった。
優花は、そっと寄り添うように彼の隣に立った。
ヘッドフォンを渡した安心感と、
今日、二人だけの秘密がまた一つ増えた幸福感。
“この夜は、きっと前回よりも深く繋がれる。”
そんな予感が胸の奥で静かに膨らんでいく。
二度目の夜景。
二度目の再会。
そして──少しずつ形になっていく二人の関係。
優花は、カメラを構える宏樹の横顔に微笑みながら、
“今の彼を支えられる自分でいたい”と強く思った。
優花は胸の高鳴りを抑えながら、前回と同じ黒のタートルネックを選んだ。
ただし今日は、都会的な雰囲気に合うように、耳元に控えめなピアスを添えた。
“彼に会う”という実感が増すたび、鏡の前の表情も柔らかくなる。
午後七時。
優花は、東京駅近くにそびえる「東和ビル」の一階エントランスに姿を現した。
すでに宏樹が待っていた。
黒のジャケットに濃いチノパン。
派手さはないのに、仕事終わりの疲労を纏ったその佇まいは、前回よりもどこか頼りなく、同時に守りたくなる影を帯びていた。
優花に気づくと、彼はほっとしたような微笑みを浮かべる。
「相沢、来てくれてありがとう。待った?」
「ううん、今来たばかり。宏樹、お疲れ様です」
近くで見ると、やはり少し痩せたようにも見える。
仕事の重圧は、まだ彼の肩にのしかかっているのだろう。
優花は、“今日こそ彼を癒す時間にしたい”と静かに心に誓った。
「東京駅の界隈は人が多くて騒がしいけど、ビルの上に行けば静かだよ。行こうか」
そう言うと、宏樹は軽く手を添えるような仕草で、優花をエレベーターへと促した。
ここなら──渡せる。
二人きりになった瞬間、優花は小さな紙袋をそっと差し出した。
「宏樹……これ。前にお話ししたヘッドフォンです」
宏樹は驚いたように目を瞬かせ、紙袋を見つめた。
「相沢、本当に……? 悪いよ。高かっただろ」
躊躇は、彼の優しさそのものだった。
だからこそ、優花ははっきりと言葉を重ねた。
「気にしないでください。これは“宏樹さんの集中のための道具”です。
一緒に夜景を撮るなら、宏樹さんがリラックスできる方が、私も嬉しいから」
宏樹の目が、ゆっくりと優花を捉えた。
照明の落ちたエレベーターの中で、その視線は優しい陰影を帯びていた。
「……わかった。大切に使うよ。
相沢、本当にありがとう。君の気持ち、ちゃんと受け取った」
その静かな言葉だけで、優花の胸はじんわりと熱くなる。
ちょうどそのとき、エレベーターが到着音を鳴らした。
ガラス張りの展望スペースに足を踏み入れた瞬間、
優花の視界いっぱいに、東京駅の赤煉瓦とビル群が織りなす夜景が広がった。
駅舎を縁どるオレンジの光。
近代的な高層ビルの窓の煌めき。
濡れた舗道が反射する色とりどりの光が、まるで水面に揺れる油彩のように美しい。
「……すごい」
自然に漏れた優花の声に、宏樹は満足げに笑った。
「だろ? 雨が降った後は特に綺麗なんだ。
光が路面で滲んで──俺たちが好きな“光の線”が、街全体に広がる」
そう語る彼の横顔は、仕事の疲れを一瞬忘れたように柔らかかった。
優花は、そっと寄り添うように彼の隣に立った。
ヘッドフォンを渡した安心感と、
今日、二人だけの秘密がまた一つ増えた幸福感。
“この夜は、きっと前回よりも深く繋がれる。”
そんな予感が胸の奥で静かに膨らんでいく。
二度目の夜景。
二度目の再会。
そして──少しずつ形になっていく二人の関係。
優花は、カメラを構える宏樹の横顔に微笑みながら、
“今の彼を支えられる自分でいたい”と強く思った。