新堂さんと恋の糸
 「立てる?」

 驚いたようにこちらを見る顔は幼く見えた。
 就活生だろうかと思いながら立たせようと手を出すと、俺の手を凝視したままぽかんとしている。

 「聞いてる?」
 「あ、はいっ」

 よく見ると足だけでなく手もケガをしている。その手で地面に落ちたバッグの中身を拾おうとするのを静止して、とりあえず人のいない方へと移動させて散らばったファイルや財布などを拾った。

 「歩けそうか?無理そうなら救急車呼ぶ?」
 「いえそこまでは!歩けるので大丈夫です」

 頭を下げてお礼を言う相手は、大したことないとでも言いたげだけれど、さっきから無意識のうちに右足を庇っているのに気づいていないのか。

 「そんなにひどいケガじゃないですから。それにこの後は大事な打ち合わせがあって、遅れるわけにいかなくて」

 ……どうやら就活生ではなかったらしい。

 「すごく忙しい人で、会ってもらえるだけで奇跡のような人なんです」

 そこまで優先しなければならない相手なのか。もう少し自分のことを気にしたらどうなんだ。
 呆れて目線を落とすと、足元に落ちている何かに気がつく。白いカード状のそれは、1枚の名刺だ。さっき拾い損ねたものかもしれないと屈んで拾うと、裏返して見る。

 ――文董社第五編集部 櫻井泉。

 目に飛び込んできた文字に、一瞬思考が止まる。
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