新堂さんと恋の糸
 「……そういうこと」

 会ってもらえるだけで奇跡のような人って、俺か。

 「で、どうするんだ?そんな恰好で現れるほうが、先方も迷惑だと思うけど」
 「そんな恰好って……あぁっ!?」
 
 俺の指摘でようやく自分の状況を確認すると、さぁっと青ざめてさっきまでの勢いはなくなった。慌ててバッグを覗いては肩を落とし、時計を見ては慌てて、俺と目が合うと恥ずかしそうに俯く。
 本人としては一大事なのだろうが、その落ち着きのなさところころ変わる顔が面白い。

 ここで自分の正体を明かせば解決するのだけれど、この混乱ぶりをもう少し見ていたくなった――おそらく玲央が聞いたら「悪趣味」と突っ込むだろうけれど。

 「あの、助けていただいてありがとうございました、私もう行きますっ」

 俺が止めようとするも一歩遅く、走り出そうと踏み出した瞬間に相手の顔が歪む。

 「ほら、言ったそばから」

 俯く様子は、しょんぼりと耳が垂れた犬みたいだった。
 俺なんかにそこまで必死にならなくてもと思うが、何回も断られてようやくアポが取れた相手にとっては、そういうものなのかもしれない。

 (……俺も、師匠に弟子入りを頼んだときは断られまくったもんな)

 師匠から見れば、当時の俺はこんな感じだったのだろうか。

 そんなことを考えながら、俺はその場にしゃがみ込むと横抱きにして抱き上げた。
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