新堂さんと恋の糸

10. 切れた糸

 ◇◇◇◇

 『とにかく今はゆっくり休めよ』

 あの夜、玄関先で聞いた最後の言葉だけが鮮明に残っている。

 私はその翌日は会社を休み、その次の日からは何事もなかったみたいな顔をして出社した。あの「嘘」をなかったことにするかのように、ひたすら仕事に打ち込んだ。

 一方で新堂さんは、個展会場の設営と担当者との打ち合わせ、それに通常の案件も重なって、輪をかけて忙しそうだった。事務所に顔を出してもすれ違いばかりで、夜の電話も、ここ最近はメッセージも一行だけで終わる日が多い。

 (このくらいが、ちょうどいいのかもしれない)

 取材対象と編集者。
 線を引いたのは、自分だ。

 ――そう言い聞かせて、二週間が過ぎた。


 「新堂さん、お久しぶりです」

 事務所に入る前に、緊張で何度も深呼吸した。それでも声は思ったより普通に出た。

 「なんか久しぶりだな」

 パソコンから顔を上げた新堂さんは、いつも通りのテンションだった。あの日のことなんて、最初からなかったみたいに。

 「そうですね、今月号が発売になったので持ってきました」
 「あぁ、もうそんな頃か。サンキュ」
 
 胸の奥が、少しだけきゅっと痛むのを気づかないふりして、私は笑顔を作った。
 これでいい。仕事の相手として接してくれている。それ以上を望んじゃいけない。

 新堂さんは雑誌を受け取ると、パラパラとめくり始める。

 「今日もギャラリーへ行かれるんですか?」
 「午後からな」

 個展を開催するギャラリーとの間で、ここ数日ちょっとした手違いやトラブルが続いていたらしい。それでも、どうにか当初のスケジュールから少し押した程度で済みそうだと聞いて心底ほっとした。

 「あ、そうだ」

 新堂さんがデスクの引き出しから取り出した何かを、こちらに差し出してくる。なんだろうと思って受け取ると、それは一枚の封書だった。

 「今度の個展、一般公開前に招待客向けのレセプションがあるから、その招待状。取材枠で席を押さえてあるから、忘れないうちに渡しておく」
 「……えっ、いいんですか?」
 「連載の最後は個展の特集なんだろ?来てもらわないと困る」

 はやるきもちを落ち着かせながら封筒を開けると、新堂さんが描いた個展会場のラフ画がデザインされた葉書が入っていた。これが招待状なんだ。

 「ありがとうございます」

 それから新堂さんのスマートフォンに着信があってその場を離れたので、私はいつもの作業スペースへと移動する。
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