新堂さんと恋の糸

10. 切れた糸

「とにかく今はゆっくり休めよ」

新堂さんはそれだけを言って部屋を後にした。私はその日は会社を休んで翌日から出社すると、遅れを取り戻すように仕事に打ち込んだ。

一方の新堂さんも、個展開催が近づき最近は会場設営が進められている関係で担当者との打ち合わせも連日あるようで、私が事務所に顔を出すときはすれ違いでほとんど会えていない。夜の電話も、たまにメッセージアプリの連絡だけになる日もあった。
当然個展以外の仕事も同時進行なので、いつもより輪をかけてとにかく忙しそうだった。

「新堂さん、これ、今月号が発売になったので持ってきました」
「なんか久しぶりだな」
「そうですね、お久しぶりです」

そんなこんなで、こうして事務所を訪れて新堂さんと顔を合わせるのも2週間ぶりくらいだった。
今日は事務所にいないかと思いつつ、もしかしたら会えるかもという淡い期待を持って訪れたので、それが叶ったことで嬉しくなる。

「あぁもうそんな頃か。サンキュ」

新堂さんは雑誌を受け取ると、パラパラとめくり始める。「今日もギャラリーの方に行かれるんですか?」
「午後からな」

個展を開催するギャラリーの担当者の手違いもあったりして、ここ数日はかなりトラブルに見舞われていたのだという。それでもどうにか予定していたスケジュールから少し押したくらいで無事間に合いそうだと聞いて、私もほっとした。

「あ、そうだ」

新堂さんが自分のデスクの引き出しから取り出した何かを、私に差し出す。何だろうと思って受け取ると、それは1枚の封書だった。

「今度の個展、一般公開前に招待客向けのレセプションがあるからその招待状。忘れないうちに渡しておく」
「…えっ、いいんですか!?」
「連載の最後は個展の特集なんだろ?来てもらわないと困る」

はやるきもちを落ち着かせながら封筒を開けると、新堂さんが描いた個展会場のラフ画がデザインされた葉書が入っていた。これが招待状なんだ。

「ありがとうございます」

それから新堂さんのスマートフォンに着信があってその場を離れたので、私はいつもの作業スペースへと移動する。
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