新堂さんと恋の糸
 新堂さんは私の戸惑いを見透かしたように続ける。

 「編集者は“伝える側”だろ。現場を知らないまま綺麗な文章を並べても、それは広告文句と変わらない。俺は自分の仕事を表層だけで扱われるのが一番嫌いだ」

 淡々とした声なのに、その一言一言はずしりと重い。

 「だからこっち側の条件も飲めるやつとしか組まない」
 「で、でも働くなんて無理ですよ……仕事もありますし、」

 「別に朝から夜までってわけじゃない。編集部の業務に支障が出ない時間でいい。こっちもその前提で考える」
 「でも、」
 「無理なら今ここで断れ。この話もここまでだ」

 そう言われると、私の立場は圧倒的に弱い。

 この様子だと、この場でYESかNOかを決めなければならないようだ。
 私は頭の中でいろんなことを天秤にかけて考えるけれど――正直、私の中では答えは決まっていた。

 「分かりました……やります」
 「やります?」
 「働かせて、いただきます」

 私の答えに新堂さんは、わずかに口元だけを緩めた。

 あぁ、言ってしまった。
 主任にも編集長にも相談もしないで。後で絶対に怒られる。

 新堂さんは私の葛藤を知ってか知らずか、淡々とジャケットからスマートフォンを取り出した。

 「連絡先。今度うちの事務所に来てもらうから、日時と場所はこれで送る」

 そうして私は新堂さんの連絡先を交換した。自分のアドレス帳に『新堂梓真』と入ったのをまじまじと見つめていたので、新堂さんの次の言葉に反応するのが遅れた。

 「ちょうど、雑用を任せられる人間を探していたから助かる」

 (ざ、雑用……?)

 不穏な単語が耳に入ったけれど、時すでに遅し。


 「じゃあこれからよろしく。櫻井さん」


 スマートフォンから顔を上げると、眼鏡越しに新堂さんの吸い込まれそうな目があった。

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