新堂さんと恋の糸
 担当を代えてから、麻生は連日、事務所を訪れた。

 櫻井を外したのは、文字通りあいつを守るため。
 もう一つは、麻生が流出に関わっている証拠をどうにかして引き出すためだった。

 事務所に来る時間だけはこちらで指定し、それ以外は麻生の好きにさせた。見たいと言われた資料は、見せられる範囲で見せる。仕事の状況も、質問されれば答える。機嫌を取るつもりなどなかったが、相手に「優位だ」と思わせなければ、本音やボロは出ない。

 その効果はすぐに現れた。

 「この間の件だけど、泉ちゃん、アシスタントの子を疑ってたわよ?事務所で仕事することも多かったから、パスワード盗み見されてたかもって」

 園田編集長が俺に話していたことと、真逆の内容。

 (バカバカしい…)

 そんなことあるはずがない。藤城が事務所に押しかけて玲央が過呼吸になったときでさえ、「自分のせいだ」と泣きそうになっていたくらいだ。
 櫻井という人間を知っていれば嘘だと分かるような話を、麻生は幾度となく話した。次第に見せ始める本性にへどが出そうになりながら、俺は信じたふりをして相槌を打った。

 (俺を脅すだけではなく、櫻井を貶めたいのかもしれない)

 麻生が事務所から出ていくと、毎回俺は何かが削られていくような疲労感に襲われた。

 「……ねぇ、ポメ子さんは本当にもう来ないの?戻ってきてもらってよ」
 「それはできない」

 玲央は麻生が来ている間、仕事部屋から一度も出てきていなかった。それでも会話は耳に入っているだろう。

 「……俺、あの人嫌。もう事務所(うち)に入れないでよ」
 「分かった。今度から外で会う」
 「新堂さん、何考えてんの?」

 担当を代えた理由を玲央には話していない。
 玲央は突き刺さるような視線をよこして、仕事部屋に戻っていった。
< 162 / 174 >

この作品をシェア

pagetop