新堂さんと恋の糸
新堂さんが私の前にかがみ込むと、目線が同じ位置になった茶色い瞳に私が映る。

「俺も、」

こつんと額が合わさって、両手が私の頬を包んでそっと撫でる。

「バカみたいに純粋で前向きで、すぐ泣くくせに熱意と根性は人一倍あって、俺一人じゃ見えないものを見せてくれる櫻井が好き」

息が掛かるほどの距離が近さに、私は息をするのも忘れそうになる。

「泉って名前も好きだ。
一緒にいると…いろんなアイデアとか作りたいものとかが自然と湧き上がってくるから」

私の頬が熱いのは恥ずかしさからだろうか。
それとも、包み込む大きな両手から熱が伝わっているからだろうか。

耐えきれず視線を横に逸らそうとするもあっさりと元に戻されて、掠めるように唇が触れ合った。

そのわずかな衝撃で吊るされた透明なチェアがゆらりと揺れて、一瞬本当に海の中に漂っていると錯覚する。

何だかすべてが、夢見心地だ。

「泉、こっち見ろって」

「…い、いきなり呼び捨ては反則です」

「泉さんとお呼びした方がよろしかったですか?」

「いきなり受付係モードになるのやめてください、脳が混乱します…!」

久しぶりの、たわいのないやりとりが照れくさくも嬉しくて。

だからお互いに、気づくのが遅れた。

天井から垂らされた白い幕が揺れて、その陰からスーツの男性が顔を出したことに。


「…お取り込み中申し訳ございませんが、もう閉館時間を過ぎてるんですけど」


「「すみません、今出ます…」」


遠慮がちに声をかけてきた正真正銘の受付係の男性に謝る私たちの声が、思いがけずシンクロした。

コツコツと遠ざかっていく足音を聞きながら、私たちは顔を見合わせて小さく苦笑いをする。


「とりあえず、行くか」

「…そうですね」


私はゆっくり立ち上がると、新堂さんの手に引かれて海の底から地上へと踏み出した。


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