新堂さんと恋の糸

6. 視察という名の

 「本当にすみません……!」

 身だしなみはおかしくないよう整えた。化粧も濃くなりすぎないようにした。
 着ていく洋服も昨夜から悩みに悩んで決めた――にもかかわらず、私は待ち合わせ時間を勘違いしていた。


 事の発端は、昨夜かかってきた新堂さんからの電話だった。
 最近はちょっとした連絡事項や予定の変更を電話ですることが増えていたので、以前のように発信者の名前を見ても緊張することはなくなった。
 けれど、この日はいつもとは事情が違った。

 前日はよく分からないことで言い合いになって、そのまま顔も合わせずに事務所を出ていた。
 そんな空気のまま迎えた休日の土曜日。いつもの業務連絡かと思って電話に出たら――中身はまったく別物だった。

 ―――明日、水族館に行かないか?

 それは、まさかのお誘いだった。

 「……水族館ってあの水族館ですか?魚がいっぱい泳いでいて、イルカのショーとかやっているあの??」
 『それ以外にあるのか?』

 話を聞くと、ずっと前にクライアントからもらった特別優待券の期限がもうすぐ切れそうなのだという。このまま捨てるのももったいないし、他に譲る人もいないから一緒に行かないか、ということらしい。

 『今度やる個展の会場、回遊魚をコンセプトにしただろ。水族館の要素を取り入れたら面白いかと思って視察がてら行こうかと』
 「あぁ個展の…なるほど」

 つまり、会場デザインの参考にするために行くというのが、主な目的みたいだった。

 私はすぐに返事ができずに黙り込む。

 私個人としては、とても行きたい。『回遊魚』というアイデアを採用してもらえて、それが形になっていく過程も見たいし、水族館で新堂さんがどんなアイデアを拾うのかも興味がある。

 (でも……)

 ――取材対象との個人的接触はNGだからね?

 居酒屋で杳子さんに言われた言葉がよみがえる。
< 54 / 174 >

この作品をシェア

pagetop