新堂さんと恋の糸
 『予定でもある?』
 「えっと……私みたいな考えなしな編集者より、もっとマシな人を誘ったほうがいいのでは?」

 どう言えばいいか迷った挙句、皮肉交じりな言い方になってしまった。

 『……根に持ってるな。他にいないから誘ってるんだけど』
 「玲央くんとか?」
 「あいつが行くと思うか?」
 「行かないですね……たぶん」

 事務所でいるときですら必要最低限でしか仕事部屋から出てこない彼が、新堂さんと水族館へ行く姿は想像できない。

 「……じゃあ、私でよければ行かせてください」

 そう答えると、新堂さんは『十時に現地集合な』と言って電話を切れた。電話を切ってから数秒経って、ようやく心臓が一拍遅れて暴れ出す。
 
 (新堂さんと休日に出かける?……しかも水族館に?)

 電話を切ってから途端に冷静になって、私はいつかしたように思いっきり頬をつねった。痛かった。そして夢ではないという証拠に、電話を切ってから水族館の地図を貼りつけたメールが送られてきた。

 (ちょっと待って、明日何を着ていこう…!?)

 それからの私は大わらわで、クローゼットを全開にして何を着ようか悩むはめになった。
 着ていく服を迷うなんて、いつぶりだろう。

 視察目的ならきっちりした格好で行くべきか。
 でも、場所が場所だけに全身スーツじゃ浮くかもしれない。

 「そうだ、この前買ったワンピース!」

 以前杳子さんとの買い物で買って、クローゼットの一番端に掛けたままだった花柄のワンピースを引っ張り出す。

 「……さすがにこれ一枚だと“遊びに来ました”感が強すぎるかな」

 結局、落ち着いた色のジャケットもハンガーから外して『これはあくまで取材用コーデです』と自分に言い訳する。

 そんなことをしているうちに私はやらかしたのだ。
 いつの間にか待ち合わせの時間を『十時』から『十一時』に記憶違いをしてしまっていた。

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