新堂さんと恋の糸
 ◇◇◇◇

 新堂さんから『今どこ?』と連絡をもらったとき、時間はすでに十時十五分過ぎ。
 ちょうど乗り換え駅に着いたところで、私は待ち合わせ時間を勘違いしていることに気がついた。

 バスを降りて水族館への道を大急ぎで走っている。

 腕時計を確かめると、今は十時四十五分。

 新堂さんはたぶん時間に厳しい。
 仕事でもあれだけ時間厳守、予定変更の事前連絡は必須なのだ。

 絶対に遅刻とか大っ嫌いなタイプ。
 きっと今ごろめちゃくちゃ怒っているに違いない。

 「新堂さんっ!!」

 私は遅れてしまっている分少しでも早く着かなければと、走りながら横断歩道を渡る。
 私の声と姿に気がついた新堂さんは、ゆっくりとこちらに向かって歩き出していて、ちょうど横断歩道を渡り切ったところで合流した。

 「すみませんっ、待ち合わせの時間を一時間勘違いしてしまっていて……待たせてしまって本当にごめんなさい」

 ぜいぜいと大きく肩で息をする私に、そんなに急がなくてもよかったのにと言う。

 「もしかしたら帰っちゃうかと思って」
 「なんでだよ…っつーかそんな恰好で全速力で走るな」

 そんな恰好って?もしかしてどこか変なのだろうか。
 ふと新堂さんの服装を見ると、オフホワイトのノーカラーシャツに濃紺のジャケットという出で立ちで、普段事務所といるときと変わらない。

 (あ、これもしかしてスーツの方がよかったのかもしれない)

 新堂さんの中では、完全に仕事の位置づけだったのかも。
 なんだか自分の気合いが空回っていたような気がして恥ずかしくなってきた。

 私は差し出された『特別優待』の文字が印字されたチケットを、お礼を言って受け取った。
 指先でなぞって伝わる紙質の手触りに、これは現実のことなんだなと改めて実感する。新堂さんは手に持っていたスマートフォンをバッグにしまうと「じゃあ入るか」と私をまっすぐ見つめてそう言った。

 そうして私たちの水族館視察は、約四十五分遅れでスタートしたのだった。
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