新堂さんと恋の糸
 入口でチケットを見せてから透明なガラスの扉をくぐると、青い光に包まれた静かな世界が出迎えてくれた。
 私はこの瞬間が好きだった。外とは違うひんやりとした空気と落ち着いた照明は、現実を忘れさせて非日常へと連れて行ってくれる。

 館内図を確認すると、回遊魚エリアは一番奥、水族館の中で一番大きな水槽で展示されているらしかった。

 「回遊魚の他に見たいところとかありますか?」
 「……いや、特にない」
 「え、ないんですか?」

 誘ったのは新堂さんのほうなのに。仕方なく私は入口でもらったパンフレットを広げてみると、そこにはイベントスケジュールも載っている。

 (アシカのショーにイルカと握手、コツメカワウソとのふれあい…うーん、)

 「あっ、十四時からペンギンのお散歩っていうのがありますよ」
 「なんだそれ」
 「ペンギンが外に出てきて、目の前を歩いてくれるらしいです」
 「歩く?大名行列みたいなもんか」
 「ちょっと違う気がしますけど……お散歩のあとにはおやつタイムもあるんですって」
 「じゃあそれまでは順番に見ていくか」

 ここはかなり大きな水族館のようで、メインの水槽でなくても一つが大きく、たくさんの魚がゆったりと泳いでいる。私は水槽に近づいて横にある解説文を読みながら、じっくりと見て回った。

 「水族館好きなのか?」
 「はい好きですよ、来るのはすごく久しぶりですけど」

 子どものときには家族と、中学高校の頃は友達とよく遊びに来ていた気がする。

 「一歩足を踏み入れるだけで別世界に来た感じが好きなんです。個展でもこういう非日常感みたいな雰囲気が出せたら素敵ですよね」

 『東京近郊で見られる魚』というエリアを抜けた後は、熱帯魚のエリア。
 コリドラス、ダイヤモンドテトラ、エンゼルフィッシュ。熱帯魚の水槽は色とりどりで、知っている名前を読みながら青一色の水槽でここだけが花が咲いたみたいだなと思う。

 すると、新堂さんはここに来て初めてすごく興味を示したように見ていた。
 もしかして、熱帯魚が好きなんだろうか。

 「新堂さん、熱帯魚好きなんですか?」
 「前にクライアントのリクエストで熱帯魚のいるレストランの内装を手がけたことがある。そのときにいろいろ調べてから詳しくなって、今は家で飼ってる」
 「おうちで飼っているんですね、なんていう種類ですか?」
 「カージナルテトラとプラティ」

 それぞれの特長を簡単に教えてくれる。
 その表情は、やっぱり少し楽しそうな表情をしていた。
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