新堂さんと恋の糸
 私は、デザイナーとしての新堂さんしか知らない。だからこうして興味のあることや好きなことを少しずつ知っていくのは、距離が近くなったと錯覚しそうで、胸がざわついた。

 休日の昼間で人出も多いけれどワイワイしたざわめきが少なく、自然と交わす言葉もお互いが聞こえる範囲の大きさになる。

 眼鏡のレンズ越しに水槽を覗く新堂さんの目に微かな波が映り込んで揺れている。
 そんなことにも気づくくらいの距離の近さに、私は思わず息が止まる。

 水族館という場所は、何だかすごくデートみたいだと錯覚させる場所だと思う。

 遊園地や動物園といった場所とはどこか違う。

 この青白く薄暗い雰囲気のせいなのか、
 見回せば辺りは恋人同士だらけのせいなのか。

 宝石のようにきらめく泡と、揺らめく水面の世界。
 悠々と泳ぎ回る魚たちを目で追っていながらも妙にそわそわしてしまって、隣の新堂さんを意識してしまう。

 (これは視察、視察なんだからね、うん)

私はおもむろに手帳を開いて、小声でブツブツと言い訳みたいに呟く。

「……水族館でまで仕事モードなんだな」
「だって、取材ですよね?」
「魚より手帳見てても意味ないだろ」

 私は新堂さんから目を逸らして、目の前を横切る魚の影を必死に追う。

 「あっ、あっちには白イルカがいますよっ!」

 私はわざと子どもっぽくはしゃぎながら、水槽のガラスに張りついて白イルカに魅入るフリをする。

 そんな私の心の内を見透かしているみたいに、白イルカがガラス越しにこちらを見て、ふわっとリング状の泡を吹き出した。
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