新堂さんと恋の糸
 「このイワシもずっとこうして泳ぎ続けているんですか?」
 「そうですね。マイワシやマグロなどは、泳いでエラの中に酸素を取り込む必要があるので泳ぎ続けています。ただ回遊魚というと『止まると死んでしまう』と思われがちなんですが、自らの力でエラを動かせるタイプの回遊魚というのもいるんです」

 例えばマアジやタチウオなどがそれにあたり、彼らは泳ぎを止めても死ぬことはないのだという。飼育員さんは回遊魚の定義や分類についても詳しく教えてくれて、私は興味深く聞き入った。

 (ずっと泳いでないと、呼吸ができない魚。でも、本当は立ち止まることもできる魚もいる……)

 なんとなく『思考の回遊魚』と言っていた新堂さんと、少し重なって見えた。

 「すごいですね、知ってました?新堂さん…って、あれっ??」

 気がつくと、ずっと隣りにいると思っていた新堂さんがいない。
 きょろきょろと見回すと、ちょうど通路の真ん中にある大きな柱にもたれかかるようにして立っていた。

 「新堂さんっ、なんでいなくなっちゃうんですか!」

 私が駆け寄ると、新堂さんは顔を上げて少し眉を顰める。

 「回遊魚のこといろいろ教えてもらえましたよ。知ってました?ウナギやサケも回遊魚なんですって」
 「あぁそう」
 「もしかして少し疲れました?ここ出ましょうか?」

 そう切り出した私は出口に向かおうとするのに、新堂さんは押し黙ったまま柱の前から動かない。

 「新堂さん?」
 「その右足、いつからだ」

 まったく会話が噛み合っていない。

 けれど私はその指摘にどきりと肩を震わせる。
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