新堂さんと恋の糸
 「……えっと、なんのことですか?」

 新堂さんは静かに立ち上がる。そして立ちすくむ私に近づくと、その場にしゃがんでパンプスを脱がせてしまった。その瞬間、かかとにヒリッとした痛みが走って思わず顔を歪める。

 「やっぱりな。朝走ったせいか?」

 新堂さんは下を向いているから目が合わない。

 「な……何がですか?」
 「ここまできて隠し通せると思うな」

 最初に気づいたのは、たぶん熱帯魚の水槽を見ていたときだ。
 右足のアキレス腱に走る小さな痛みが気になって、それを庇うように歩いているうちに変な負荷がかかったのか、かかとがズキズキと痛み出していた。

 「少し離れて見てたら分かった。こっちに小走りで来るとき、右足だけ少し浮いてておかしかったし」

 ゆっくりと魚を見ながら騙し騙し歩いていたつもりだったけれど、新堂さんのことは騙せていなかったらしい。

 「なんで早く言わない」
 「それは、元はといえば私が遅刻したせいなので…」
 「絆創膏持ってるか?」
 「はい、あります」

 以前の教訓から出かける前に毎回ちゃんと入っているか確認するようになったので、ポーチの中には予備を含めて何枚か用意してある。そのうちの一枚を私の手から取り上げると、制止する間もなくペタリと貼られる。そのときに新堂さんの指先が足を掠める感触がして、その部分と顔が途端に熱を持った。

 擦れてヒリヒリしていた痛みが少しだけ和らいだけれど、反対に私の心臓はものすごい早さでリズムを刻む。

 「あ、ありがとうございます…」

 私は吸っても吐いても物足りない呼吸を整えて、どうにかそれだけを言うことができた。
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