新堂さんと恋の糸
「クライアントから求められるのは、これまで発表されたことのない斬新で目を惹くものだ。だから片手間にはできない。『Alpha(うち)』の場合デザイナーは俺一人だから、受け持つ案件数を減らして椅子のデザインに注力しないといけなくなる。するとどうなると思う?」
 「……案件を減らした分だけ、収入が減る?」

 正解、と言って新堂さんは力なく笑う。

 「それだけ手間とコストをかけたとして年間二百も売れない。予算は材料費に商品開発費、広告費に消えていって、デザイナーに入るのは下代(げだい)価格の数%だ」

 私は思わず、今座っている椅子の座面を掴む手に力が入る。
 新堂さんぐらいの才能があっても、「好き」と「やりたい」だけでやっていくのは簡単じゃない。現実の厳しさを目の当たりにした気がした。

 「でも……新堂さんが受賞した作品は?」
 「俺が作品作りに没頭できたのは、飛び込みで弟子入りを受け入れてくれた師匠の援助があったから。下働きしながらその傍らで出したものが、たまたま目にとまって運よく受賞しただけ」

 でもたまたまは何度も続かない――と新堂さんは言った。
 そのとき私は、新堂さんの元にはインテリア家具デザインのオファーが来ているのだと直感した。

 初めて会ったとき――新堂さんは私が来るまでの間、会議室の椅子をつぶさに観察するようにずっと見ていたのを覚えている。

 (本当は、またそういうのをやりたいんじゃないのかな……)

 心の中にもやもやした気持ちが残るけれど、それを口に出すことはしない。思っていることを何でも口にするな、という新堂さんの忠告を私は守った。
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