新堂さんと恋の糸
 代わりに何か別のことを言おうとしたけれど、新堂さんは『この話はこれで終わり』とでもいうように椅子から立ち上がった。

 「痛みは少し引いたか?」
 「…はい、もう大丈夫そうです」

 こちらを振り向く新堂さんは、もうすっかり切り替わっている。

 「しかしよく足をケガするよな」

 改めて指摘されると確かにそうかもしれない。新堂さんに初めて会ったときも、転んだあげくに右膝を擦りむいていた。

 「あ、もうお姫様抱っこは嫌ですからね!?恥ずかし過ぎるんで!」
 「言うと思った」

 つられて立ち上がった私の手を新堂さんが軽く握る。私は驚いて、思わず新堂さんの顔を見つめてしまった。

 「足もと頼りないし今だけ繋いでおく」
 「えっ、い、いいです!大丈夫ですから!?」
 「いいから早くしろ。見に行くんだろ?ペンギンの大名行列と餌やり」
 「お散歩とおやつタイムですってば!」
 「その前に腹減ったな、何か食うか」

 そうして引っ張られるようにして、でも歩幅は私に合わせてくれる新堂さんに私はついていくしかなくなった。気づかれないように少しだけ握る手に力を入れると、握り返されて、また心臓がバクバクする。

 私は手を引かれながら、ふと先ほどまで座っていた椅子を何気なく振り返った。

 「……新堂さんのデザインした椅子、座ってみたかったんですけどね」

 その呟きが、新堂さんに聞こえていたかどうかは分からない。
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