新堂さんと恋の糸
 ともすれば緩みそうになる涙腺を、私はぐっと堪える。
 言葉に出して認めることで、不思議と気持ちが軽くなって、震えもおさまってきた。

 「少し落ち着いたか?」
 「はい…あの、これからどうなるんでしょうか?」
 「警察がいうには、脅迫と器物損壊、それから不退去罪の容疑だと」

 藤城さんが言っていた過去のネタなどを記事にして、持ち込む予定だった出版社があるらしく、警察は裏付け確認すると言っていたそうだ。

 「俺も知り合いに頼んで弁護士を立てておこうと思ってる」
 「べ、弁護士ですかっ?」

 やっぱり大ごとになってしまうんだなと思っていると、私の心を読んだのか「ここからは代理人立てた方が全部任せられるから楽なんだ」と説明される。

 「蹴られたデスクってこれだっけ?」
 「はいそうです」

 デスクの天板を覗き込むと傷みっけ、と言ってスマートフォンのカメラで写真を撮っている。

 「備品の弁償分と俺の半日分の仕事が飛んだ迷惑料も上乗せして、相場より少しでも多くぶん取ってやらないと気が済まない」
 「……なんか、悪い顔になってませんか?」

 取れるものは取らないとな、と新堂さんは大真面目な顔をして言う。

 「精神的苦痛分の慰謝料もちゃんと取るから心配するな」
 「私はもう大丈夫ですから、そんなのいいですよ」
 「いいわけないだろ」

 それから新堂さんは、自分の頭に手をやりながら私のことを見た。

 「前に『一度全部見せてめちゃくちゃにされたことがある』って言ってましたよね……もしかして、」

 口に出してから、聞いていいことなのか一瞬迷う。
 けれど新堂さんは小さく「そうだな」とだけ言って、椅子の背にもたれた。

 「賞を取って、大学の単位を取るために日本に帰国した。浮かれてたわけじゃないけど……まあ、今よりは世間知らずだったんだろうな」

 そう言って自嘲気味に笑った。

 「藤城が最初に来たのはその頃だった。今の美術界の問題点だとか、若いデザイナーの声を届けたいだとか……まぁ熱く語ってくれた」

 目の前の空間を、ふっと遠く見るようになる。

 「それで取材を受けた。当時は学生でワンルームを借りて作業してたから、ラフも資料もサンプルも全部見せたし、目についたと思う」

 全部――その言葉に胸の奥がざわつく。
 
 「それから何度も出入りしてたけど記事になることは一度もなかった。それからしばらくして、ある家具メーカーの新作発表を見て目を疑った」

 淡々としているのに、その声の温度は少し低い。

 「素材も構造もモチーフも……俺が描いてたものそのままだった。寸法がミリ単位で違うくらいで……偶然で片づけられるレベルじゃない」
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