新堂さんと恋の糸
 そこまで言って、新堂さんは指先でテーブルを軽く叩いた。

 「そのこと、藤城さんには……」
 「もちろん連絡をとった。で、返ってきたのがさっき言ってたこととほぼ同じ。要は『世に出してないアイデアなんて、ないのと同じ。利用して何が悪い?』だと」

 さっきの嫌味のような言葉を思い出して、胸の奥が熱くなる。怒りとも悔しさともつかない感情が、喉まで込み上げてきた。

 「そんなの……アイデアの盗用じゃないですか」
 「まぁな。でも相手は有名家具メーカーのお抱えデザイナーで、俺は新人で学生。訴えた時点でこの世界でやっていけなくなる。そもそもデザイン自体が世に出ていない以上勝ち目は薄い――図らずも藤城の言うことも一理あったってわけだ」
 「そんなこと……っ」

 今まで、新堂さんが見せてくれたたくさんのアイデアたちを思い出して、私はぐっとこぶしを握る。

 「世に出ていなくたって、新堂さんから生み出されたものは新堂さんの物です。それをないのと同じなんて、外の人間が言っていい言葉じゃないです絶対に」

 自分でも驚くくらい、言葉が止まらなかった。

 家具のデザインを引き受けないのは割に合わないから、と言っていたけれど、もしかしたらこのことも原因なのかもしれない、とよぎった。
 デザインしたくても、裏切られた過去を思い出してしまうのではないだろうかと。

 もしそうだとしたら、こんなに悔しいことはない。

 新堂さんはしばらく黙って聞いていて、ふっと目を細める。

 「あのとき……俺が一人じゃなくて、櫻井みたいなやつがそばにいれば、戦う気になれたのかもな」
 
 そう言って新堂さんは、少しだけ笑った。

 「俺も完全に泣き寝入りしたわけじゃなくて、全部証拠として記録しておくことにした。メールも音声も、藤城がデザインを売った経路や金のやりとりも掴んだ。いつでも刺し返せるように……今回みたいにな」

 できれば二度と関わりたくなかったけど、と新堂さんは溜息をつく。

 「だから、事務所に他人を入れる気はなかった。全部見せることも二度としないつもりだったけど」

 新堂さんは私に視線を向ける。
 正面から目が合って、私は心臓がどくんと鳴った気がした。

 「あれこれ頼んで迷惑かけてたって反省してる。悪かった」
 「え?」
 「もう、雑用係じゃないのにな」

 突然の言葉に困惑しているうちに、新堂さんの目が伏せられてしまった。途端に距離ができたような、ひやりと温度が下がったような気がして、私は思わず追いすがるように首を振った。

 「迷惑じゃないです……確かにはじめは取材を受けてもらいたくて、雑用でもなんでも言われればやるつもりでいました。でも、今は違います」

 どんな些細なことでも、役に立てることが嬉しい。
 それは、新堂さんや玲央くんがちゃんと気持ちを返してくれるから。

 「今は、この事務所に来て仕事をするのが楽しいです。だから、悪かったなんて言わないでください」
 「……あのなぁ」

 それに続く言葉を待つけれど、そのまま途切れてしまったように聞こえてこない。不思議に思って顔を上げてみると、額を手で覆っている新堂さんがいて、目を瞬いてしまう。

 「せっかく手放してやろうと思ったのに」

 ようやく呟かれた言葉は小さすぎて、私にはよく聞こえなかった。
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