新堂さんと恋の糸

2. 取材の条件

　ノックをしてからドアを開けると、コンパクトな広さの会議室だった。

　長テーブルを挟んで、オフィス用の椅子が四脚ずつ置かれている。新堂さんはその中の一つの椅子のそばにしゃがみ込み、横から観察するように見ていた。

　「手当て終わったんだな」
　「はい。すみません、お待たせしてしまいました……」

　ひとしきり観察し終わったのか、新堂さんの目線が私に移った。
　膝を軽く払いながら立ち上がると、こちらに近づいて差し出された名刺を受け取る。

　《デザイン事務所『Alpha』代表　新堂梓真》

　信じられない。
　この人が本当に、あの新堂さんなんだ。

　彼はこれまで、国内メディアへは一切顔出しをしていない。
　八年前にコンペで初受賞した際のインタビュー記事でも、遠影で撮られた写真ばかりだった。プライベートなことで唯一触れられていたのは『視力がよくないから眼鏡が手放せない』ということ。

　そのため私が新堂さんの容姿で知っているのは、眼鏡をかけていることだけだった。

　「……改めまして、文董社の櫻井泉です」
　「俺はもう持ってるからいい」

　新堂さんはジャケットのポケットからさっき拾っていたそれを取り出して見せてから、先ほどまで観察していた椅子に座った。

　「それより、予定より五分過ぎてる」
　「あっ、」

　（そうだ、貴重な時間！）

　この打ち合わせは三十分しかないのだ。

　私はバッグから用意していた資料を取り出して新堂さんの前に置いてから、向かいの席に座った。

　
< 8 / 174 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop